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殺戮

「嘘でしょう⁉」


 小路は昴からその報告を受けて叫んだ。


「事実だ。黒巫村に住む百六十二人。全員が蓮の手によって殺された」

「証拠は、証拠はあるんですか⁉」

「犯行声明を受け取った。再生するぞ」


 会議室のモニターに夜の村が映る。


「隊長、初めに謝罪します。すみません、俺は、SMTを離れます。黒巫村の人間は俺がやりました。あいつらは俺が悪霊を操って、それを俺が祓う……マッチポンプをやってたって言ったんです。耐えられなかった。それだけです」


 よく見れば、死体の上に座っていることがわかる。


「この世界は俺を否定しました。だから、今度は俺がこの世界を否定します。そこで一つ、宣言します」


 小路は唾を飲んだ。


「俺は、過去を消し去ります。いつか抹香町に帰ることがあれば、それは全てが終わる時です」


 鏡磨は啜り泣いている。


「小路、ありがとな。そしてすまん。お前とは、もう一緒にいられねえよ」


 居ても立っていられず、小路は駆け出した。


 彼が入ったのは訓練場。蓮の魔導式をコピーして作られた悪霊発生装置は、親友の面影を見せてはくれなかった。現れた犬型の悪霊を鉈で斬る。鳥を撃ち抜く。次から次へと悪霊を発生させ、次から次へと祓う。そうやって、三十分。


 体が重くなって、崩れ落ちる。床を殴る。


「荒れてるね」


 鏡磨がそっと声をかけた。


「俺が、俺が無理にでもついていけばこんなことにはならなかったかもしれない。あいつが自分のヴィジョンでどれだけ苦しんでるか、俺は知っているはずだったのに!」

「多分、あいつも限界だったんだ。そこに偶々嫌なことが重なった。酷いことを言うようだけれど……あんたがいたって変わらなかった」


 最後の一言を聞いた彼は、もはや無意識的に鏡磨に掴みかかっていた。


「もう一回言ってみろ!」

「あんたがいても結果は変わらなかった! あんたごと殺すか、あんたを置いてどっかに行ってた! 今必要なのは次にあいつが何をするか、考えることじゃないの⁉」


 同級生を殴ろうとした彼は、その拳が後一寸というところまで迫った時、漸く自分が何をしようとしていたのかを理解して、止まった。


「……何が、起こると思う」

「過去を消すって言ってた……親戚全員殺すんじゃないの。いや、自分を知っている人間みんな消して、抹香町にいる人間を皆殺しにするつもりなのかも」


 蓮は岡山の産まれだ。両親を早くに事故で失い、その後親戚の元を転々として、十四歳の時に抹香町にやってきた。故に、その彼が消すべき過去は様々な所に存在する。


「なら、俺は何ができる」

「オウル部隊が情報収集に動いてる。各地の部隊とも連携して、少しでも早く見つけられるように」


 小路は鏡磨を離し、再び尻を床につけた。


「もし抹香町に帰ってくるとして、いつになりそうだ」

「私に聞かないでよ」


 帰ってくれば、顔を見ることができれば、それでどうにかできるかもしれない。その淡く儚い希望を胸に抱いて、体を持ち上げた。


「一人にしてくれ」


 そう静かに言って自室に戻ったのは、一月の終わりのことだった。





「叔母さん、久しぶり」


 福島にある田舎を訪れた蓮は、とある家の戸を叩いてそう言った。空には確かな陽光が存在する。


「蓮……! あんた、ニュースで──」


 言い切る前に、叔母は翼竜に上半身を食われた。


「焼き尽くせ」


 ワイバーンが小さな家を燃やし尽くす。


無貌むぼう


 そう言って彼は仮面型の悪霊を生み出し、着用した。のっぺらぼうのような見た目になる。


「大翼天」


 鷹に乗って空を飛ぶ。


「次は大阪だ」


 認識阻害を齎す悪霊、無貌。道頓堀に掛かる橋に着地した彼を、誰も認識しなかった。既に春が訪れたこの街では、その陽気に当てられた若者が酔っぱらって歩いている。その首を、刎ねた。


「うわああ!」


 それとつるんでいた女が叫ぶ。彼女の頭に小さな悪霊がめり込み、爆ぜた。既に夜が始まりそうな雰囲気を醸し出す空に、どよめきが響いた。


 だが、それに何ら興味を示さず、蓮は真っ直ぐに歩く。とあるアパートを炎の中に叩き込む。


落隕らくいん


 直径十五メートルの球体の悪霊を生み出し、建物にぶつける。ガスが充満した部屋でマッチを擦ったような大爆発が起き、アパートだったものは瓦礫となった。


 だが、周囲に防御壁を展開していた彼は何のダメージも受けなかった。涙は流れない。五歳の時に優しくしてくれた叔父は、もう跡形もなく死んだのだ。


 再び空を飛ぶ。兵庫に入って、無貌の魔導式に少し手を加えることで別人の顔になる。適当なラーメン屋に入ると、速報として先程の爆破をニュースが伝えていた。


「チャーシュー麺」


 疲れた声での注文が通る。


「警察は、何らかの魔術によるものとして捜査を──」


 カウンター席で頬杖を突きながらぼんやりと画面を見ていれば、料理が運ばれてきた。自分を否定したこの世界を否定し返す。そのためには、何十人でも殺してやるつもりだった。


 スープが不味い。ただのお湯だ。チャーシューは硬く、細麺は茹ですぎて伸びている。しかし、文句の一つも言わず食べきる。


「あんた、魔術師だろ」


 隣の男が顔を近づけてくる。


「だったらなんだ」

「認識阻害使ってるな。何か疾しいことでもあるんだろ?」

「かもな」

「四条蓮、だろ?」


 蓮は相手の腹に手を当てる。


「俺だって三人殺したよ。証拠はうまく消したけどな」

「こっちは三桁殺したよ」

「だろうな。血の匂いがプンプンする……なあ、なんで黒巫村の人間を皆殺しにした」

「ムカついただけだ。力もない癖に偉そうにしている連中が気に入らなかった」


 男は酷く歪んだ笑みを見せる。


「俺と組まねえか。悪霊使いに興味がある。自分で悪霊出せば幾らでも金が稼げるだろ?」

「嫌だね。でも、貰っていく」


 立ち上がった蓮が指を鳴らすと、男の腹に生成された悪霊が、その内臓を引き裂いた。零れる胃の内容物。蓮の横にあるヴィジョンが、そこから現れた青白く輝く球体──魂を飲み込んだ。


「あばよ」


 彼の捨てた黒々とした悪霊が爆発を起こし、ラーメン屋を消し飛ばした。店の中にいた数人の魂が人形の腹に吸い込まれる。彼の目に光はない。黒く濡れ、積もり積もった怨恨に動かされている人形のようだった。


(これで、俺を引き取った親戚は殺しきった)


 鳥の上で次に何をするか考える。


(しばらく潜伏して、悪霊を貯めよう。そして、抹香町のSMTを潰す。小路も、鏡磨も、赤城隊長も、殺すには一級か埒外が必要だ)


 ラピスのお人形ドール・オブ・ラピスは、生成した悪霊を保管することができる。彼自身の有する魔力と組み合わせれば数か月でかなりの数が用意できる算段だ。


 そうして、夏が始まった。





「お疲れ、小路」


 基地に帰還した小路を、鏡磨が出迎えた。よく冷えたサイダーの缶を手渡され、彼はその隣に座った。休憩室のテレビは毒にも薬にもならないバラエティを流している。


「一級の単独討伐。やっぱすごいよ、あんたは」

「中々骨が折れたぞ。全く、赤城隊長はどうして俺を独りに……」

「力試しでしょ。未来の隊長なんだから、今の内にしごいとくんだって」


 プルタブを開けた彼の顔に、透明な液体が直撃する。


「おい」

「えへっ、振っといた」


 残った僅かな糖液を飲み干し、ゴミ箱に空き缶を投げ入れる。加速を掛けられたそれは、数メートル離れた小さな穴へ、正確に突入した。


「蓮の居場所は、まだ掴めないままか」

「そうね。認識阻害を使って捜査網をすり抜けてる……ってオウル部隊は言ってた。一般警察も動かして探してるみたいだけど、やっぱ凡人に魔術師を追うのは無理だよ」

「俺は、俺は、俺は、あいつが戻ってきたとして、どんな顔で会えばいいのだろう」


 胃の底で固まったものを吐き出すようにそう言った彼の目の下には、隈ができていた。


「さあね。とっとと殺してやって終わりだよ」


 彼は、隣の同級生のように無情に──少なくとも彼の観察に於いてそう判断できるような状態にはなれなかった。まだ、どこか更生の余地があるのではないかと信じていた。しかし、同時にこれまで殺した人数を考えれば間違いなく死刑であり、自分が何もしなくてもそれが遅くなるだけだという疑いようのない事実を前にしてもいた。


「私だって、情がないわけじゃない。そら、自分がやることなすこと否定されたら嫌にもなるよ。それをケアできなかったのは私たちの責任なのかもしれない。それでも……いや、だからこそ、私たちの手でケリをつけなきゃ」

「……そうか。そうかもな。もし抹香町に帰ってくるようなら、俺が殺す」

「ちゃんと寝なよ。疲れてるの見え見えなんだから」


 それだけ伝えて立ち去ろうとした鏡磨は、唐突に鳴り響いた警報で足を止めた。


「緊急出動、緊急出動。二級悪霊三体発生。待機中の隊員は──」

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