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焔と焔

「インパクト・ブレス!」


 乙素のヴィジョンが衝撃波を放ち、二級の群れを消し飛ばす。高校一年の彼は、やはり眠たげな顔をしていた。


「まだ魔力出力が安定しねえ……小路ってすげえんだな」


 独り言ちた彼に、巨大な鴉が爪を突き出す。召喚した薙刀で受け、直後に刃に振動を付与。もう片方を脚を掴み、刺した。紫の血がどっと溢れ出して、濡らす。


「汝、罪人なり」


 そんな声が背後から聞こえてきて、彼は振り向いた。


「裁きを与えん」

「偉そうに」


 相手は身長三メートルの、無頭の人型悪霊。右手には切っ先の無い剣を持ち、左手には黒く太い縄が絡みついている。


「随分でけえじゃねえか、知ってるか? 日本にはこんな言葉がある」


 彼はそっと薙刀を下段に構える。


「大男総身に知恵が回りかね、ってな。お前はどうだ? 譫言垂れ流すだけのゴミか?」


 挑発しながらも、相手の出方を窺う。攻めてくるならそれでいい。だが、持久戦に持ち込まれると厄介だ。サイレント・ジョーカー──と彼が呼んでいるその魔導式は、本来は音鳴おとならしと呼ばれる影道家相伝の魔導式だ。振動を操り、衝撃波や振動付与を得意とする。


 口から衝撃波を発するインパクト・ブレス──と彼が呼んでいる、影鳴震裂えいめいしんれつとして伝わる技は、本来肉体にかなりの負荷がかかるものだ。それをヴィジョンから発することでダメージを魔力で肩代わりしている。


 その都合上、魔力消費が重い。使用者が乙素であるから、主力として戦いを組み立てられる。


「来いよ、その首刎ねて微塵切りにしてやる」


 リヒトシュヴェーアトが、振り抜かれる。身体強化をかけた肉体で跳び上がり、悪霊の頭があったであろう場所に薙刀で一撃。皮膚を幾らか削ったが、血管までは至らない。


 ヴィジョンに捕まり、インパクト・ブレス。衝撃波の反動で斬撃を躱したのだ。


氷番ひつがえ・二ノ番!」


 彼の腕の三倍はあろうかという氷の矢がヴィジョンから飛び出して、悪霊に穴を空ける。自由落下、からの着地、からの宙返り。処刑人の剣は空を斬った。


「……流石にこれで終わりってことはねえか」


 肺の底から息を出す。中段に構えを変える。相手の左手に巻かれた縄が伸びて、彼の頬を掠めていく。


(切っ先のない剣……処刑人の剣って奴か。そんで、あの縄は縛り首にするための物か?)


 間合いを取りながら、円を描くように動く。


(縁起の悪い奴だ、とっとと終わらせるか──)


 伸びる縄を切断して、前に出る。振動を付与した薙刀で大きく横薙ぎを繰り出し、悪霊の足首を斬りつける。しかし斬れない。鋼に刃をぶつけたような手応えだ。


 そこに振り下ろされる、鋭い刃。それを受け流して、彼は跳んだ。斬首されたような部位に向けて、ヴィジョンから衝撃波を放つ。幾らか血が散るが、傷は深くない。


(肉体の耐久力は一級を越えてるな……埒外って言われても納得できる。たが動きはすっとろい……なんだ、何が目的だ?)


 跳ねた縄が二級を掴み、乙素に向かって投げ放つ。斬り裂かれたそれの影から、首無しは剣を振り上げて迫った。


 斬り合って、二十分。振動付与に魔力による強化を乗せた斬撃でも、浅い切り傷を生むのみ。そこで、彼は相手の目的を訝る。


(こいつは俺を釘付けにするためにいるのか? 埒外もいるって言っていたな……そいつが隊長を殺すまで時間を稼ぐことが目的か?)


 だとすれば。


「晴香! 避難の状況は!」


 返事はない。


「晴香、晴香!」


 最悪の想像が浮かぶ。頭を振って払う。


「オウル部隊! 報告しろ!」

「生存者の収容は八十五パーセント完了しています!」


 『民間人』ではなく『生存者』。それほど多くが死んでいるということ。


「ありがとよ……!」


 ヴィジョンが大きく息を吸う。


「最大出力! インパクト・ブレス・レクイエム!」


 口から、特大の指向性衝撃波が放たれる。一撃で処刑人の両脚を吹き飛ばし、背後にあった家々も木っ端微塵になったが、ヴィジョンの方もグズグズになって崩壊を始めていた。


「これだから使いたくねえんだよ──小路、聞こえるか!」





 三十分前。埒外悪霊、呪影が降り立ったのは、抹香町の中心部にある芯持学院の屋上だった。


「ようこそ、赤城昴」


 そこで灰色の制服を着た死体の上に座り、最大の障害を待っていた。


「蓮は、何が望みだ」


 冷酷な殺意を湛えた瞳を向けて、昴は問うた。


「鏖殺。徹底的な、世界の凌辱。その第一歩として、この町を更地にする。それだけだよ」


 彼の周りに、十個の火の玉が現れる。


「よくわかった。交渉は無意味ということがな!」


 全ての火球から、一斉に赤い熱線が放たれる。着弾と同時に爆発。煙が舞う。


「酷いじゃないか」


 その中から、人が啜り泣くような声が聞こえてくる。


「いきなり殺すつもりだったのかい?」


 煙が晴れれば、黒い炎を纏った呪影がそこにいた。


「……同じタイプ、ということか」


 呟いた彼の耳に、声が響く。


「こちら楓。狙撃ポイントに到着。いつでもいけます」

「そちらのタイミングで撃ってくれ。俺を巻き込んでもいい」

「巻き込むって……」

「埒外を二体も用意できるとは思えん。こいつを祓えば、俺は一旦撤退する」

「……了解」


 会話を遮るように、呪影は黒い炎を嗾ける。地面を這い、蛇のような形をとって昴に襲い掛かったそれを、炎の壁が阻んだ。


 天秤華火てんびんはなび。十個の火球を生成し、防御と攻撃を自在に切り替える紋。あらゆる状況に対応できる、汎用性の塊と言っていい魔術だった。


「止まらんぞ!」


 火の玉がガトリング砲の様に彼を中心として回転し始める。頭の上に来たものが熱線を撃ったと思えば、次の瞬間にはもう一撃が飛ぶ。反撃の暇を与えない連続射撃だ。前に出ようとしても自動で追いかけてくる弾幕に、呪影は舌打ちするしかなかった。


 カララッ、と火の玉は空転する。


「やるね」


 黒炎の壁で防御を固めていた呪影は、皮膚の幾らかが焼けた程度のダメージで済んでいた。


「ここからは僕のターンだ!」


 黒い燃える蛇が、泣き声のような音を鳴らしながら五匹ほど昴に向かう。彼は防御壁を展開しない。そこに作為的なものを感じながらも、呪影は止まれなかった。ここで、決めなければならない。


 と、確信した直後。爆音と共に右脚が吹き飛ぶ。少し遅れて、パァン、と渇いた音が聞こえてきた。


 灼熱の行進バーニング・パレード。楓のヴィジョンだ。狙撃銃を持った人型ロボットの見た目であり、多種多様な弾丸を生成、装填可能。今回は徹甲榴弾を使った。


「なるほど、こそこそ話していると思えば……内石楓、だったかな?」


 跪いた呪影の脚は既に再生を始めている。


(ヴィジョンの攻撃を受けても再生が可能……流石埒外、と言ったところか……)


 その悪霊は、笑みを浮かべる。


「蓮様が投入した一級と僕は、魂の形をある程度変えられる。多少のダメージは強引に再生できるのさ」

「厄介極まりないことだ」


 昴は短刀を召喚する。


「だが、死ぬまで殺すのみ。覚悟はいいな」


 右足の踵を持ち上げ、地面との隙間に火球を入れる。そして、爆ぜさせた。その衝撃が彼を加速させ、呪影の防御が追いつかない刺突がその首に突き刺さった。


 フェンスにぶつかって停止した悪霊から離れ、熱線の連続射撃。それでも、呪影は死ななかった。頭に徹甲弾が刺さっても、脇腹を榴弾が抉っても、全身を焼かれても。


「化け物め……」

「言いたいように言うといい。でもね、僕にも名前はあるんだ。呪影。ちゃんと呼んでくれなきゃ困るよ」

「悪霊に名前、か。蓮らしい」


 炎と炎のぶつかり合いは、熱を増していく。

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