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第55話 ギャルゲー主人公エイジ

僕達が悪質なセールスに引っかかってる間、アキラは地道に情報を集めて無料で冒険者になる道を探してくれていた。

その紹介状を僕達なんかに大盤振る舞いだ。


雪乃達はその事を「やる奴だ」くらいに褒めているが、それを実際に僕達がやれるかどうか、本当に分かっているのか定かではない。


僕達はもしかしたらとんでもない人物に恩を受けてしまったんじゃないだろうか?


それを同じ地球の高校生だからとタメ口で、いいようにあしらってしまった。

それでいいのか?

よくないに決まってる。

次会う時までに今日の分の借りを返せるくらいにしないと惨めすぎるだろう。


ようやく入手した冒険者ライセンス。

これが僕達の命綱だ。

最低限の補償だけど、僕達のスペックならば!

すぐに上に上がれる。

なら……


「借金は今日中に返したい。それでいいかな?」

「そんなに急ぐ事?」


雪乃がさっきの今で騙されていた事にも懲りずに聞いてきた。

アキラの世話になったことすら当たり前のような態度。

彼女がそういう態度を取るのも無理からぬことだ。


前の世界では財閥のお嬢様。本来なら一般家庭生まれの僕との面識なんてあるはずもないのだが、幼少期に公園デビューした時に一緒に遊んだあの子が、まさかあんな美少女になって僕の前に現れるなんて思いもしない。


幼い頃の出来事を美談のように語られて、僕の言葉を真に受けた結果、誰にも顧みない孤独な少女になってしまった。


幼少期に接した僕にだけその笑顔を見せてくれる雪乃。

でもそれがこの世界では裏目に出てしまっている!


元の世界に帰れない限り、彼女を守る存在は僕しかいないのに、心の奥でやはり僕のなかで彼女は高貴な生まれだから、誰もがひれ伏すのだと思ってしまっていた。


でも現実は違っていて、物乞いにまんまと騙された。


アキラの助け舟がなかったらと思うとゾッとする。

そしてその有効期限が切れるのだってきっと早い。


今はまだ、効力があるが、それが何日も持つだなんて甘えは捨てたほうがいいな。

ここは日本じゃなく、高校生だからと許される環境じゃない。


守ってくれる親もいなければボディーガードもいないんだ。

自分の身は自分で守らないといけない世界。

高校生のままでいたらさっきの二の舞だ。


ちょうどステータス情報はギルドに齎された。

ステータスなんかも見えてるはずだから僕達が異世界の勇者だという事実は知られてるはずだ。

だが用心はしておこう。


「すいません」

「はい、どうなさいましたか?」

「先程冒険者になったばかりの僕達ですが、今日の今日で働くことはできますか?」

「もちろん、大丈夫ですよ。ですが……職業経歴が白紙ですし、こちらでご紹介できる仕事は限られてきますがいかがなさいましょう?」

「体力だけなら自信があります!」

「それでしたら……」


そう言って受付から紹介されたクエストは、溝浚い《どぶさらい》だった。

ファンタジー設定はどこに行った?


「こんなお仕事を斡旋するだなんて、これは何かの嫌がらせですの?」

「臭い、鼻が曲がる。吐いていい?」

「エイジ、やっぱりあの冒険者ギルドは私達をバカにしているんじゃないの? こんなの勇者や聖女にやらせる仕事じゃないと思うわ」

「いいから体を動かして! ここじゃ実績が全てなんだ。今まで僕達が日本で培った全てが消えてる。ならここで任された仕事を投げ出してどうする! やり遂げて騙してきた奴らを見返そうよ!」

「エイジ、あのアキラという男に感化されてませんこと?」


クリス。クリスティーナはいつもの僕らしくないと指摘する。

財閥令嬢二人目のクリスティーナは、普段おおらかで器の広い僕に惚れた女の子。


海外からの交換留学生で、日本を学びにきた転校先がちょうど僕のクラスで……最初は因縁かけられたけど、なんやかんややり過ごしているうちに気に入られてしまい現在に至る。


典型的な高飛車お嬢様ではあるけれど、彼女は誰よりも優しすぎる。

それを憂いたお父さんが上流階級に相応しくない相手とは縁切りさせていた。当然僕もその対象で何度も衝突している。

心優しいクリスティーナはそんな僕を庇い立て、絶賛家出中だった。

まさかその先で異世界に飛ばされるだなんて思ってもみやしなかったけど……


「雪乃殿、浄化の魔法は使えぬでござるか?」


現代でも帯刀が許可された侍の一族伊達家。

源流が伊達政宗にあるとか眉唾物の剣術道場師範の一人娘で、年老いてからの子だから猫可愛がりされた結果、独特の言語を操るサムライマニアに育ってしまった。


血に飢えた凶戦士で、悪漢と見ると血が騒ぐのか己の剣術の腕を披露したがる跳ねっ返り。

なんでまたそんな子が僕に懐いているのかといえば、ちょうど昼寝スポットが同じだったようで、それから話す機会が度々あったのだ。


出会ったばかりの彼女は無口で……今もあんまり喋らないけど、必要なことはきちんと伝えてくれるし、雪乃やクリスともうまくやれている。


一度暴れ出したらその手綱を握るのは容易ではないけど、こんな荒唐無稽な世界で一番頼れる存在であることも事実だ。


そう思うと、僕って何もないな。

ただ偶然、高スペックな彼女を手に入れた平凡主人公。

それじゃあダメだってわかっているからこそ手だけは動かすんだ。


ちなみに雪乃の『浄化 Ⅰ』で消臭は可能だったのでそれだけでも効率は段違いだった。

その後はクリスティーナの魔法『アクアストーム Ⅰ』で汚水を押し流し、湧き出てきたモンスターを香の『ラッシュ Ⅰ』が活躍した。


僕の勇者スキルは仲間のスキル効果を底上げする『応援 Ⅰ』くらいだ。

他に『洗浄 Ⅰ』をお風呂がわりにしてハプニングが起きたりもしたけど、概ね平常にことが進んだ。


服が濡れて透け透けになったのが唯一の問題だったかな?

クリスには悪い事をしてしまった。


ギルドから報酬が支払われ、それを宿代に充てがう。

溝浚いの他にもあらゆる仕事を受けたけど、勇者スキルや聖女スキル、賢者スキルに凶戦士スキルは、絶対本来こんなことに使わないだろう使われ方をして、その成果を認められてお金になった。


くたくたになって明日に備えようと寝入ろうと布団に入った頃。

男と女で別れたのに、僕の部屋へと来訪者が来た。

それが雪乃だった。


「どうしたの、こんな夜更けに」

「あの、その……こういうのは本当は良くないんだけど、あんなことがあったでしょ?」


昼間のハプニングのことを言ってるのだろうか?

たしかに予想外とは言え、雪乃の濡れ透け姿を見てしまい、若干前屈みになってしまったが。

そうか、向こうも同じというわけだな?

アキラに感化されたというわけでもないけど、僕も雪乃の霰もない姿を想像してしまったのも事実だ。


「入りなよ」

「うん、寝るとこだった?」


あかりの落とされたライトを見て、タイミングの悪さを意識した雪乃。


「そうだね」

「じゃあ、私も一緒に寝ていい?」

「えっ?」

「私とじゃ、いや?」

「そんな事はないさ。嬉しいよ」


小さくガッツポーズをする雪乃に気が付き、ああ彼女も他の子達に気を使い続けていたんだなとようやく痛感する。


一人用のベッドに男女が背中合わせに寄せ合う。

思い返すのは二日前の激しいハッスルした嬌声。

アキラ夫婦の逢瀬の音だ。

なんか変に意識してしまって上手く眠れない。

と言うか、雪乃の体温が背中越しにこもって変な想像ばかりしてしまっている。


「エイジ、起きてる?」

「うん」

「寝れない?」

「もう寝る」

「じゃあ私も……」


結局その日、彼女に手を出す事はなかったけど、同じ部屋から出てきたのをクリスと香に目撃されてしまい、変な勘違いをされてしまったのは言うまでもない。


それから日を追うごとに三人からの夜這い合戦が始まり、僕の我慢の限界は、風前の灯だった。

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