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第61話 体感時間の差異

異世界エスペルエムに渡って4日目。

美玲さんと一夜を過ごした俺は、近所中によく通る声をお届けしながら一泊。

周囲からとても奇異の目を向けながらチェックアウト。


5日分泊まるのなら、泊まり倒そうと言う腹である。

しかし宿のおばちゃんからは追加料金を取られた。

昨夜の声がうるさすぎたのか、迷惑そうな顔をされたのだ。


朝食をいただき、冒険者ギルドで情報収集の続きを続行しようとすると、いつもよりイチャつきの激しいエイジと出会った。


こいつ……とうとう全員に手を出したな?

そんな距離感で接するイケメン君に俺は声をかけた。


「よ、エイジ。順調か?」

「アキラ! お陰様で。騙されずに何とかやれてるよ」

「アキラさん、その節はどうも。今日は奥様とご一緒ですのね? すっかりスマホの事を忘れていましたわ。だってわたくし達、ねぇ?」


一線を超えた事を安易に匂わすクラスメイト1号。

どうやら美玲さんの出番はそこまで必要でもない様だ。

まぁ、スマホの機能を使ってのカメラでの撮影をSNSで投稿するなり用途は様々あるので暇つぶし以外でも全然使えるのがスマホ機能。


それをいらないと言い切れるくらいにはあまり元の世界に未練もないみたいだな。


「あっくん、あたしハーレムだけは絶対に許さないからね?」

「ムリムリ、俺にそんな甲斐性ないよ。俺は美玲さん一筋だって。その分毎晩頑張ってるじゃん?」

「そうだけど、いつ心変わりするかわからないってお義母さん言ってたもん。よく見張っておきなさいって言われてあたし心配で」

「アキラも愛されてるな」

「お前こそ、三人に手を出してよく体力持つもんだ。あっちの方までお強いのが勇者様の特権か?」

「よしてくれよ。ただ、僕はどうやら体質の様だ。この世界にわたる前から、僕の周りには女子が多く集まる。不思議だった、まるで恋愛ゲームの主人公が如く特定の女性から好意を寄せられた。それを僕は特に気にする事なく享受しているんだ」

「やっぱりそうなのか」


俺の納得に、美玲さんはどう言うことかと首を傾げる。

多少ゲームを齧ったところで女子が女性を攻略するゲームを知ってるわけがない。

100%、とまではいないし、世の中にはエロゲにまで手を出す女性も多いが、他聞に漏れず美玲さんはそっちの知識はゼロ。

なので説明すると、ムッとした表情でエイジを見た。


「いくら主人公君でも、女子のことちゃんと考えてあげないとダメだよ? 今は平気だろうけど生理とかすっごく辛いし、そこんところよく考えてる? それに一線を超えたら妊娠の危険性もある。気持ちいいだけじゃ許されないよ! そこまで考えてあげてる?」


ちょ、美玲さん。ヒートアップしすぎ。

だが言ってることは何ら間違っていない。

女子だからこそわかる今後の生活。

今はまだいいが、その時になって困るのが目に見えた。

俺がいればいつでも生理用品が行き届いた元の世界に帰れるが、エスペルエムにそこまで気の利いたアイテムがあるとは思えない。

けど、エイジは問題なさそうに答えた。


「もちろん、その点は気にかけている。でもそれはこちらで解決することであり、アキラ達にまで迷惑をかけるつもりはない」

「それならいいけど、女子代表として心配はしてます。彼女達、エイジ君に首っ丈で現実感を持ってないけど、ファンタジーだからこその落とし穴もあるから。そう言うとこは頼ってくれていいからね?」

「ありがとう、美玲さん」

「ちょ、人妻にそう言う笑顔向けちゃダメ! 恋人達に恨まれるでしょ! そう言う態度は恋人の前でのみ許されるんだから!」


おや、なにやら美玲さんの様子が。

おのれハーレム主人公め。美玲さんは俺の奥さんですよ?

そんな気はなかったみたいな態度をとってももう遅い。


「やいやいエイジ! うちの奥さんをたぶらかすんじゃないぞ。ちょっと顔がいけてるからってそんな道理は通らないからな?」

「アキラまで……僕にそんなつもりはないんだが、この体質には困ったものだよ。大丈夫、流石にこれ以上手を出すつもりはないよ。今は生活を軌道に乗せる方が先だしね?」


そう言って差し出したライセンスはC。

Fから4段階も上げたか?

たしかに天狗になるのもわからなくもない。

お金には困ってないが、貴族は総じてクソだぞ?

もし貴族の目に止まったら、嫁を差し出せくらいは平気で言いそうだ、あのクソ野郎共。


過去にアトランザで似た様な目にあってるので俺の中の貴族は世紀末ヒャッハーと同じ位置付けになっていた。

弱肉強食の弱者から巻き上げるタイプのクズである。


ま、それはさておき。

俺は酒場で仕入れた情報を提示する。

どうやらこの国がきな臭いこと。

近々隣国と揉めようとしていること。

それらを述べるとエイジもまた表情を顰める。


「戦争か」

「ああ、上の連中は平民の命を弄んでいるからな。誰か守りたい奴がいるなら数日別の世界に飛ばしてやってもいいぞ? ただし願いを一回消費する形になるが、どうする?」


虎の子の一回をここで消費するか尋ねる。

だが、エイジは首を横に振った。


「懸命な判断だ」

「僕を試したのか?」

「別に、そんなつもりはない。ただ、この世界は今後似た様なことが起こり続ける。ここで逃げる事を選択したんじゃ続かないと思っただけだよ」

「そうだろうね。戦争なんて誰も救われないのに、どうしてしたがるんだろう?」


エイジは召喚当時のクソガキとは思えない顔立ちで深刻な表情を浮かべた。

まるでこの世界の当事者の様に……まぁ俺が帰さない限り一生をここで暮らすから覚悟くらいは決めるわな。


「さぁ? 俺はお貴族様じゃないからお偉いさん方の心は1ミリも理解できちゃいないが、どうせ私利私欲だと思うぜ? それに俺は帰る家がある。お前と違ってな?」

「うん、アキラにはよくしてもらってたのに、僕たちはそこを履き違えていたんだと、ここ数日で理解させられた」


エイジはここ数日の思いを語ってくれた。

内容を掻い摘むと、どうも俺に対する当初の態度がありえない事だとそれ以上に『この世界の普通』に打ちのめされて痛感させられたらしい。


美玲さんから言わせても俺はどうやらドがつくほどのお人好しらしいので、そこに甘えていた事を謝罪していた。

お仲間達からも次々と頭をさせられて、まるで俺が悪いみたいな絵面が出来上がって周囲からひそひそ話をされるくらいには目立った。


「まぁそれは受け取っておくから、土下座までしなくていいって。お互いここからだろ?」

「うん……、ありがとう。アキラはやっぱり優しいね」

「よせやい、男にまで色目を使うんじゃねぇよ。俺にそっちの気はないからな?」

「そんなつもりはないんだけど」


こいつ、そのうち男まで籠絡させそうだ。


怖い奴だよ。


それにしたってたった四日でなにがあった?

岡戸の時もそうだが、濃い人生送ってんなと言うのが俺の感想だ。

エルフ化してからどうも一日が長いと言うか……俺の認識では四日のつもりだったが、あれ? もしかしてもっと経過してるの?


「なぁエイジ、つかぬ事を伺うが」

「なに?」

「俺達がこの街に飛ばされてどれくらい経過した?」

「えっと、3ヶ月かな? 居なくなってようやくアキラや美玲さんの有り難みを痛感させられたよ」

「えっマジ?」

「嘘ついてどうすんのさ。僕はあれから君にだけは誠実でいこうと思ってるんだよ?」


俺以外にも誠実にしてやって?

まぁこの世界で生きていく上でそれは大事だろうけどさ。

あ、木村には遠慮しなくていいぞ?

ガツンと言ってやれ。


「いや、そこは全く疑ってもないんだけど。あれー?」

「どうしたの、あっくん?」


これは言ってもいいものか?

結局言わないことにした。


よもやこっちでの数日がクラセリアの数分だなんて説明しようがないじゃんか。

地球=クラセリアが同時間軸だったから、てっきりその法則で固定されてると思ってたぜ!


なにも見なかったことにして、俺はエイジ達の活躍を見守ることにした。

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