王宮から脱したマクシミリアンはまだ自分が逃亡者である事を知らぬ兵を招集し、計画の前倒しを進めた。
しかし招集したメンバーの顔色はどこか浮かない。
「銀灰の、浮かない顔だな。移民の受け入れはどうだ? 街はいつになく静かだが何が起きた?」
たった一日のことだ。
逃亡者の転移使いがよもや、街の住民を無差別に他の世界に転移させてるだなんて想像の埒外。
「その、王子様。これには事情があって……」
「お前らの都合なんて知らん。私も事情が変わったのだ。王がお目覚めになられた。私の時間も残りわずかだ。せめて計画の一部でも……魔女殿の王国離反計画は実行可能か?」
「あー、えっと。あははは」
魔女の嘘を誤魔化すのが下手な笑いはマクシミリアンを苛立たせるのに十分な威力を持っていた。
「集めたごろつきを住民に襲わせるだけだぞ? たったそれだけだ! 何故それの実行ができない! 何のための報酬と期間を設けたと思っている。前金を受け取っておきながらできませんだなんて言葉を吐けると思うなよ!?」
「まぁ落ち着きなって、旦那。隣国からの難民受け入れの準備はできている。あとはあんたの報告待ちだ。入れちまっても?」
「ああ、頼む!」
後には引けぬマクシミリアンは、王国滅亡の引き金を引く。
自らの命をかけたその銃弾は、しかし。
誰の命を奪うことなく虚空へと消え去った。
磯貝章のガバガバ判定の『カウンター転移』によって。
破落戸が難民を装っての都入り。
当然破落戸なので空き家は漁るし、善良な住民は嬲って至福を肥やそうとする。
そこへ偶然磯貝章が通りかかった。
たったそれだけで瓦解する。
人をなだれ込ませて民の不満を爆発させる単純ゆえに厄介な策は、転移という抗い様のない暴力を前に不発に終わる。
逆に残された住民は善人ばかりで少なくとも一致団結してエクステバルド王国を立て直した。
王国崩壊を企んだとしてマクシミリアンは投獄された。
だがそこに投獄したはずの男はおらず、なんなら日に何人か転移させられてくる始末。
マクシミリアンはいつになれば自分に罰が下されるのか待ち侘びる。
早く持病が来てこの命が尽きて仕舞えばいいのに。
そう思うも、何日、何ヶ月、何年経とうとマクシミリアンの命が尽きることはなかった。
それもその筈、持病は章が魅了を解除する為に喚んだ吉田によって解除されていた。
王と王妃に盛られた毒さえも。
魅了の結界によって、一度解除された魅了はすぐに掛け直されたが、その他の毒や病気は全てまるっと治された。
何だったら今まで病床に伏して失った体力すらも戻っている。
それはマクシミリアンにとって不幸であるが、エクステバルド王国にとって幸運だった。
国中の膿は吐き出されて、皆が仲良く元気で暮らせる生活が降って沸いていた。
ただ磯貝章が通っていただけで。
本人は特に何もしていないのに、勝手にいい方に話が進んでいった。
まだ問題は残っているが、それは牢獄に繋がれたマクシミリアンには関係のないことだ。
ただ、妹の花嫁衣装を見ることができないのだけが心残りだった。