章がエイジと共に王宮を脱出した報が、マクシミリアンの耳へと届いたのは翌日のことだった。
隣国との連絡以外にも王宮内の執務を一手に引き受けるマクシミリアン。
人払いをせねばその仕事量は激務といって差し支えない。
少し休息をするかと紅茶を楽しんでいる時、その報がマクシミリアンの耳に入った。
寝耳に水どころか余計なことをしてくれたと言わんばかりだ。
「何、勇者達が行方をくらませただと? それを貴様は指を咥えて黙って見ていたというのか?」
「いえ、出入り口には見張りを手配していました。窓から出ていった気配もなしで、室内で静かに過ごしているだろうと朝食を届けにいったらもぬけの空でして……」
「転移のスキルは本物であったか。全く余計な手間をかけさせてくれる。どんなカラクリかはわからんが、遠くにまではいってないはずだ! 見つけ次第捉えよ!」
「その事ですが、王宮内に怪しい男がいたので捕らえておきました」
「その男を連れてこい、私自ら尋問をしてくれよう!」
そして牢獄に繋がれた男を見て、その男の容姿に例の転移使いの男の類似性を見出した。
「ルリアーナ、この男を見たことはあるか?」
「ええ、あの男によって突然虚空より現れました。人が突然現れたのにわたくし心臓が飛び出るかと思いましたのよ」
妹の発言には何処か戸惑いよりも楽しげな雰囲気が滲み出ている。
マクシミリアンはふむ、と顎をさすりエルフの男に質問を繰り返した。体罰と称して鞭で打つも、まるで答えた様子がない。
それもその筈、ステータスが上限を突破したエルフ系Totuber木村翔吾には痛くも痒くもない。
なんならマクシミリアンのその必死そうな姿を撮れ高と称して何やら結晶版を向けて煽り倒した。
我慢の限界を迎えたマクシミリアンは、痛みを感じぬなら辱める方向で自白を促した。
その効果は覿面で赤面しながら情報を吐き出した。
逃げ出した男は磯貝章。
転移の使い手であり、その転移は空間どころか時空、異世界すら行き来する能力であると。
「そんなもの、どうしようもないではないか!」
マクシミリアンの憤りは地下牢の空間に響き渡った。
その情報を入手したとして、追っ手を差し向けても無駄。
異世界に逃げ込まれたらどうしようもない。
それどころか大勢の人間を異世界に渡せるという。
それを戦争の道具に使われたらひとたまりもない。
それくらい魅力的で、敵に回したら厄介な存在だった。
「ルリアーナ、お父上の容態は如何か?」
「それが……」
普段であるならばいつもと変わりない態度の妹が、答えに窮して下を向く。
先ほどまでのどこか明るい顔は今は暗く沈み込んでしまっていた。
毒を盛って病に伏せているはずの王が復帰したわけでもあるまい。
ここ数日で何が起きたのか?
妹を気遣いながらマクシミリアンはルリアーナに問いかける。
「お父上はベッドから跳ね起きるほど元気になられております。今まで病床に伏せて居られたのが嘘のようにお元気になられて……」
「何故だ! 医者も匙を投げるほどの状態であっただろう! 何故そんなに急に!」
「私が元気になって何か不服かマクシミリアン?」
ルリアーナの背後から現れたのはベッドで寝ているはずの国王エクセルだった。
「父上!? ぐ……ルリアーナ、私を騙して……」
「お兄様! 昔の優しいお兄様に戻ってください。今のお兄様は怖いです。わたくしは……」
「下がっていなさい、ルリアーナ。マクシミリアン、お前とは直接話をしていたいと思っていたのだ」
「クソ!」
「おい、逃げるな。誰か! マクシミリアンを捕まえよ!」
それまでマクシミリアンの部下だった兵士達は、王が復活したのならもうマクシミリアンに従わずとも良いかと反転し、後を追った。
木村は一人地下牢に取り残され、翌日章に助けられるまでネットに晒し上げ続けた。その回の配信が炎上したのは言うまでもない。