目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話:騒乱 上

 屋外からの攻撃だ、とギデオンは即座に判断した。


 クェーカーが屋敷の敷地内に警備システムを走らせていることは知っている。みすみす邸内に入らせることはない。


だからこちらに察知される前に遠距離からの攻撃で混乱させる。あわよくば無力化する。それが敵の狙いだ。


 邸内に警報が響き渡った。


「クェーカー、脱出するぞ! すぐに敵が踏み込んでくる!」


 抱き抱えた当主の肩を揺さ振り怒鳴る。さすがに音と衝撃のため一瞬自失していたが、すぐにアイスブルーの瞳が理性を取り戻す。


「っ……はい!」


 クェーカーは立ち上がると、壁に掛かった方舟の絵に駆け寄った。額縁を掴んで上方向に引き上げると、指紋認証のデバイスが現れた。そこに手を押し付ける。


 本棚が壁ごと回転して、地下に続く通路が現れた。


「まるでスパイ映画だな」


 埃を払いながら立ち上がった鄭顕正が、そんな呑気なことを言っている。


「死にたくなかったら動け!!」


「分かっているさ。お嬢さん、何か武器は無いかね?」


 クェーカーは通路の入り口に設けられたロッカーを開け、アサルトライフルを2丁放り投げた。自身はハンドガンを手に取り慣れた手つきでマガジンを装填する。ギデオンも同様の操作をしてから、銃尾に取りつけられたバッテリーを確認した。火薬ではなく、コイルに流した電力で弾丸を発射するコイルガン形式である。


「タルシスでは銃も電気式か。エコで良いじゃないか」


 ギデオンは何も言わない。いちいち構っていられる状況ではない。


 それに、敵はすぐそこまで近づいている。


 未だ爆炎の揺らめいている壁に向かってギデオンはライフルを構えた。白兵戦は畑違いだが、屋内戦闘のセオリーは一通り学んでいる。奇襲が成功した場合、次に踏み込んでくるのは人間の兵士ではない。


 炎の切れ目から、ローターを生やしたボール状の物体が飛び出してきた。下部には短銃身のコイルガンが取りつけられている。屋内偵察を主目的としたドローンだが、場合によっては制圧や自爆にも使われる。


 ほとんどの演習において、奇襲を受けた人間はドローンによる第一波をしのげないと証明されている。対象を認識して攻撃するまでに、機械の方が圧倒的に有利なのは自明だからだ。


 だが、ギデオンはドローンの姿が見えるのとほぼ同時にそれを撃ち落していた。


 トリガーを引くと、ヒュンという風切り音と共に銃弾が発射される。コイルガンは火薬を用いていないため音が静かで、かつ硝煙や閃光で視界が眩まされることもない。それが、敵による爆煙が立ち込めたこの状況下ではことさらありがたい。


 クェーカーの開けた通路から離れるように動き、後続のドローンを次々と破壊していく。どのポイントから敵機が侵入してくるかギデオンには直感的に理解できた。射撃は狙って撃っているのではなく、予想できる飛行ポイントを掃射しているのだ。


 欠点は、弾の消費が激しいことである。彼としても弾が尽きる前に第一波を乗り切りたかった。


「元少佐!」


 鄭がライフルを投げて渡した。ギデオンは持っていたライフルを投げ返す。キャッチした銃はすでにセーフティが外れていた。


 交換の間隙をついてさらに二基のドローンが飛び込んできたが、うち一基はクェーカーが撃ち落した。もう一基の反撃が通路に向けられるが、鄭がクェーカーを押し倒して難を逃れる。即座にギデオンが応射して破壊した。


 ギデオンの視界から死神の鳥の姿が消えた。敵の気配を感じない。以前室内には爆発で生じた煙が立ち込めているが、敵が間近にいる時の刺すような緊張感は捉えられなかった。


「……乗り切った」


 ようやく息を吐くことができた。


 死神の鳥など科学的根拠のない、言わば勘の延長線上にあるものに過ぎないが、今までこの勘が外れたことは一度もない。


 ギデオンは通路に飛び込むとロックをかける。


 もたついている余裕は無い。この程度の障壁など本隊が来ればすぐに破られる。投入したドローンの数や仕様を鑑みても、敵の戦力は相当強力と見るべきだ。


 ライフルを取り上げ、ギデオンは先に進んだ二人を追う。走りながらセクレタリー・バンドを立ち上げ『天燕』の全乗員に緊急乗船司令を飛ばした。


(恐らく……攻撃はここだけではない)


 もし自分ならば、とギデオンは走りながら頭の隅で考える。


 もし自分が襲撃者の立場にいるなら、攻撃をここだけに限定しない。ミサイルかロケットまで使った以上、警察や消防は必ず駆けつける。攻める側にとって障害が増えるだけだ。


 だから同時多発的に様々な場所を攻撃することで、本命を読めなくする。


 その陽動の強度がどの程度かは分からない。


 しかしギデオンは胸中で、攻撃の直前まで鄭やクェーカーと話していたことが無関係でないと悟っていた。それはほとんど確信に近い。



 この攻撃の影には、マリア・アステリアがいる。



 そして彼が攻撃計画を立てたのであれば、中途半端なことは絶対にしない。


 その恐ろしさは、ギデオンが誰よりもよく分かっていた。


 だからこそ自分たちのクルーだけは、少しでもその脅威から遠ざけておかねばならない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?