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第18話:宇宙港脱出 上

A.D.2160 5/12 16:28

タルシスⅣ-Ⅱ 宇宙港Dブロック

封鎖突破船『天燕』桟橋



「糞っ、何なんだこいつら!!」


 遮蔽物の陰からライフルを撃ちっぱなしにしながら、イム・シウは怒鳴った。


「僕が知りたいなぁ!」


 向かい側で同じようにライフルを構えていたルスランが怒鳴り返す。普段はおっとりしている彼だが、銃弾と炎と消火剤が吹き荒れている修羅場のなかでは、さすがに余裕を保っていられなかった。


 コロニー中に警報が発令されるのと同じタイミングで、ギデオンから緊急乗船命令が出た。今朝方宿舎に戻ってひと眠りし、これからどう動こうかと考えている矢先の出来事だった。


 二人とも戦時下のコロニーで育ってきた身である。シェルターへの避難命令が出ているのが、どれほど危険な状況であるか即座に理解できた。街中いたるところで爆発が生じており、人々は血相を変えて走り回っている。


 幸いというべきか二人は封鎖突破船の乗組員。それも地球低軌道まで命懸けの降下を繰り返すような、ハイリスク・ハイリターンの船に乗り込んでいる。危機や危険の臭いは嗅ぎなれていたため、落ち着いてここまで辿り着くことができた。


 だが点呼の真っ最中、港の入口から武装した兵士がわらわらとあふれ出し、逃げ惑っていた他の船の船員もろとも銃撃してきたのである。


「反撃だ!!」


 副長のペティの怒声に駆り立てられて、『天燕』の秘密の武器庫からコイルガンを引っ張り出す羽目になった。


「ったく、俺は医学生だぞ! 銃撃戦なんて冗談じゃない!!」


 イムの顔のすぐそばにコイルガンの銃弾が着弾した。タルシスの銃火器は基本的に火薬を使わないため、銃撃戦が展開しても発砲音や硝煙が生じることはほとんどない。


 代わりに、銃弾が着弾した時の金属的な音だけが響き続ける。銃というよりむしろ、鋭利な金属で斬りつけられる痛みを想起させる音だ。戦いの激しさに対して静かで、だからこそ不気味である。


「いいじゃん、学生崩れなんだから!」


「何が良いもんか!」


 ともかく適当に撃ちながら怒鳴り合っていないと、さすがに取り乱してしまいそうだった。


『天燕』がいち早く反撃に出たおかげで、兵士たちの侵入はDブロックのメインゲート付近で制止できている。ここには『天燕』以外にも封鎖突破船が停泊しており、アウトローじみた連中ばかり揃っているため、やられっぱなしで引き下がるようなことはなかった。


 戦況は膠着している。


 だが、それで満足するほど『天燕』クルーの血の気は少なくない。


「ホームパーティーに呼んだ覚えは無いな! さっさとお引き取り願おうか!」


 副長のペティ・ビスケットが無重力のなかを勢いよく飛んできたかと思いきや、港の入口に布陣している敵に向かって巨大な筒状の武器を構えた。


 イムもルスランも、揃ってぎょっとした顔をした。


「ふ、副長! そいつはさすがに……」


「埒があかねえや、ぶっ飛ばしてやる!!」


 景気の良い声とともに、ペティはロケットランチャーのトリガーを引いた。


 シュパウ!! と等身大のシャンパンボトルを開栓したような発砲音が響くのと同時に、弾頭は港の入口に着弾。爆風がゲートを瓦礫の山に変えた。衝撃と爆風は無重力のなかで好き放題に暴れ回り、飛散した瓦礫がゴンゴンと船殻にぶつかった。


「馬鹿野郎!! 殺す気か?!」


 他の船の乗組員が怒鳴ってくる。まったくだ、とコンテナの影で丸まっていたイムは思った。


「良いじゃねえか、これで奴さんも静かになったぜ」


 ぽいっ、と用済みの砲身を放り投げ、ペティはぬけぬけと肩を竦めた。それからセクレタリー・バンドを立ち上げ、船の発進準備を進めているマヌエラに声をかける。


「マニィ、こっちはしばらく大丈夫そうだ。エンジンの調子はどうだ?」


『動けるよ。出力も問題なく上がってる……けど、仕事明けたばかりだから、推進剤の補充が十分じゃない』


「とりあえず港を出れたら何とかなるだろ。それと、ギドから連絡あったか?」


『何にも。こっちからも呼びかけてるけど、電波が通じないって。一体どこほっつき歩いてるんだか……』


「あいつのことだ。上手く切り抜けるだろうさ」


 ペティはギデオンのことに対しては、本当にあまり心配していなかった。


 彼は何か口をつぐんでいるようだが、長い付き合いである。ペティは、ギデオンが何か人とは違う危機感知能力を持っていることに薄々感づいていた。


 それがどういう種類のものか、どのように見えたりあるいは聞こえたりしているのかは知らないが、ともかく危険の一歩手前で必ずそれを回避する。


「ギド。お前もしかしてエスパーなのか?」


 封鎖突破船の仕事を始めた当初、飲みの席で聞いたことがある。アルコールが入っていれば口を割るだろうと思ったが、やはり笑ってはぐらかされてしまった。


 同時に、あまり聞かれたくないことなのかもしれないと再確認した。


 それ以来、彼に直接たずねたことはない。ただひたすらに信頼し続けている。


「いけねえや」


 ペティは首を振った。どうも考えすぎていて自分らしくない。余計な想念が立ち上がるのは、目の前の現実に集中できていない証拠だ。


 その時、いまだ爆発音の反響しているドックに大きな声が響き渡った。



「待って待って待って!! 撃たないでください~!!」



 ドック上方の非常口から頓狂な声とともにセレン・メルシエとカラスが降ってきた。

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