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第18話:宇宙港脱出 中

「な、なんであいつらあんなとこから!?」


 ペティは呆気にとられたが、すぐ近くにいたイム・シウはひたすら呆れていた。


「副長がメインゲート吹っ飛ばしたからだよ!」


「オオゥ!!」


 やっちまったと頭を抱えるより先に、飛んでくる二人を受け止めなければならない。勢いをつけすぎているのか、二人はまるで自由落下しているかのような速さで『天燕』に向かってきている。


「わっ、わっ、わっ」


 ペティもルスランも、それ以外の甲板員たちも、ばらばらに持ち場を離れて二人の落下地点に集まってきた。だが急げば急ぐほど身体がふわふわと浮き上がり、自分たちの方が船から離れていきそうになる。


 結局、心配は無用だった。


 甲板にぶつかる直前にカラスがセレンの身体を抱きかかえた。右腕を彼女の腰に回し、左腕を突き出して甲板に押し付ける。二人分の重力、速度が彼の腕一本にかけられる。


 だが、バレット・フライヤーに乗っている時の加速度に比べれば物の数ではなかった。


 途中で腕を曲げて身体を横に倒す。ゴン、ゴン、と揃って甲板に身体を打ち付けることになったが、傷らしい傷は皆無だった。


「痛ったぁ……」


 文句を言いながら立ち上がったセレンを見て、ペティはほぅっと息を吐いた。


「お前ら、無事だったんだな」


 だが、安堵するのは早かった。


 二人が抜けてきた非常口から、黒いボディスーツを纏った兵士たちが煤を掻きだしたかのように飛び出してきた。


「副長、敵です! 私たちも途中であいつらに追いかけられて……!」


 彼女が言い終わる前に銃弾の雨が降り注いだ。ペティとカラスは反射的に彼女の身体を引っぱって物陰へと退避させる。しかし、ペティの上腕を弾がかすめていった。


(さっきの連中より上手い!)


 ほとんど放り投げるようにセレンを物陰に押し込むと、ルスランからパスされたライフルを構えて撃ち返す。頭上から丸見えの状態だが敵の方には遮蔽が無い。誰が撃った弾かは分からないが、数名の兵士の身体がビクリとはねて動かなくなった。


 だが、敵の数が途切れない。正門を潰したせいでこちらに戦力が回っているのかもしれない。


「もう一発ランチャーがあればなぁ!」


 心からそう思って叫んだ時、敵の兵士をかきわけるようにしてさらに素早い一群が飛び出してきた。


 そのうちの一人が擲弾を投げるのが見えた。


「っ、退……!」


 白い閃光が視界を塗り潰した。咄嗟に顔を下げようとしていたが、スタングレネードの光は容赦なく彼の視覚を焼き尽くした。


 目が見えないまま、セレンたちを押しこめたコンテナの後ろに飛び込む。まずい、と考えてはいるが、具体的な次作が思い浮かばない。まず彼自身の視界が戻らない限り、指示の出しようなど無かった。


 だから、隠れさせていたはずのセレンが「借ります!」とライフルを手に飛び出したことも、止めようがなかった。


「おい! セレン!」


「大丈夫、銃の撃ち方ぐらい習いました!」


 そう怒鳴り返しながら、セレンは内心で冷静さを欠いていることを自覚していた。


 だからこそ演習以来触っていなかった銃器の操作を、演習の時以上に完璧に行った。


 セーフティが解除されていることを確認して流れるように射撃姿勢を取り、同時に片足の靴に触れて磁力を上げる。コイルガンの反動は火薬式の銃より圧倒的に低いが、零ではない。無重力空間で発砲する場合、必ずどこかの面に身体を吸着させなければ、反動でどこかに飛んでいってしまう。


 先ほどのスタングレネードの影響で『天燕』クルーや他の封鎖突破船クルーの身動きが取れなくなっている。


 その隙を突いて突撃しようとした相手の鼻先に、セレンは容赦無く銃弾を叩き込んだ。


 顔の前にあるライフルが静かにそして獰猛に唸った。派手な音は鳴らない。しかし銃弾を推進させるための強力なエネルギーは、熱となって銃身を温める。その静かな温度上昇が、アドレナリンの出ている人間とよく似ていると、セレンは頭の片隅で不気味に思った。


 弾丸の射線の先で、黒いボディスーツの兵士が一人、殴られたように身体を曲げたのが見えた。


(当たった……?)


 セレンの脳はその事実を認識したが、同時にそれ以上の思考を遮断した。頭の片隅、今は考えなくて良いことを納めたキャビネットに乱暴に突っ込まれる。


 味方も混乱から立ち直りつつあった。隣に停泊している封鎖突破船からも加勢が来ている。


 いつの間にか、隣にいたカラスまでもがライフルを構えていた。先ほど過呼吸に陥っていたとは思えないほどの冷静さで銃を扱う彼に、セレンは場にそぐわない感情を抱いた。


(武器を持ってる方が、安心するんだ……)


 カラスの戦争がいまだに終わっていないのだという事実。それを突きつけられているようで悲しかった。


 そんなセレンの悲しみもまた、「考えなくて良いこと」キャビネットに叩き込まれる。


 銃弾の応酬は激しさを増していた。非常口から飛び出してきた敵はドック内に広く展開して、防衛側を包囲しようとしている。それでも、囲んですぐに勝負がつくわけではない。むしろ包囲の密度が甘いために、封鎖突破船側の防衛戦力にやや押し返されつつある。


 だが、参加者が増えれば怪我人もそれだけ増えた。射撃は明らかに敵の方が正確で、少し隙を見せただけで狙い撃ちにされる。鮮血を撒きながら力無く漂う者が増え、時にセレンの射線を遮った。


「くっ……!?」


 射線上に入ってきた肉体はもう動かない。理性がそう判断していた。


 それだけに、その死骸が自分たちに向けて急速に飛んできた時には、さすがに彼女も虚をつかれた。士官学校にいたとはいえ白兵戦を実地でするのは初めてである。だから、死体を押し飛ばして身代わりに使い、その後ろに隠れて接近するという敵の戦術を見抜けなかった。


 だが、虚を突かれたにも関わらずセレンはすぐに対応した。落ちてくる死骸を避け、その後ろに身を隠していた兵士に即座に銃口を向ける。


 誰ひとり、彼女自身知らない事実だが、セレン・メルシエにはプロンプターとしての適正が備わっている。極度の緊張化にあって取り乱すどころか、一層冷静さの度合いを増すのはまさにプロンプター的な資質の現れである。



 だからその時、彼女が引き金を引けなかったことに、プロンプターであるか否かは全く関係が無い。



「カ、ラス……?」


 死体を盾に接近し、その背後から銃を向けてきたのは、彼女の真後ろにいる青年とよく似た顔の少女だった。


 その両目が、ボディスーツのバイザー越しにも分かるくらいに人工的であったことも、セレンを金縛りにする要因となった。


 反射的にセレンは動いていた。


 銃口を下げ、カラスと少女の間に立ちふさがるように飛び出す。相手はそんなセレンの行動に対して一切躊躇しなかった。


 銃弾が、セレンの身体を貫いた。


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