4. 姫は『火種』を消すようです
あれから一週間が経った。相変わらず、オレはいつものように雑談配信をしたり、雑件や提出物に追われたりと、忙しい日々を送っていた。ただ以前とひとつだけ変わったことがある。
『双葉かのん』こと鈴町彩芽さんの配信を欠かさずチェックするようになったことだ。彼女のたどたどしいけれど一生懸命な配信を見ていると、なんだか放っておけない気持ちになるのだ。そして今日は桃姉さんとリビングで打ち合わせをしていた。
「それじゃあ、来週のスケジュールはこれでいくわね。特に問題ないかしら?」
「ああ、別に構わないよ」
オレは、ざっとスケジュールに目を通しながら答えた。特に変わった予定はない。いつも通りの朝の雑談配信しか入っていないしな。
「それにしても、颯太。本当に雑談配信ばかりね。他のライバーさんは、もっと積極的に配信企画を立てたり、他のライバーさんとコラボしたり、イベントに出演したりと、色々と活動の幅を広げているのに」
「別に問題ないだろ。元々、雑談メインの配信でここまでやってきてるんだし。それに無理に企画を立てても、面白くなる保証もないしな。オレはオレのやり方で、ゆるくやっていくよ」
Vtuberの収益は、大きく分けて2つある。ひとつは、企業案件による広告収入。これは、Vtuberのチャンネル登録者数や視聴者数に応じて支払われる。
もうひとつが、視聴者からの投げ銭(スパチャ)によって得られる収益だ。そのために、どうやって視聴者を惹きつけ、チャンネル登録者数を増やし、配信を盛り上げるかというのが、オレたちライバーに常に求められていることだ。
チャンネル登録者を増やすために毎日長時間配信をしている人もいるし、積極的に他のライバーとコラボをして、お互いのファンを増やそうとしている人もいる。あとは、オレのように、決まった時間にきちんと配信をすることで、視聴者の習慣に合わせようとしている人もいる。つまり、視聴者のニーズに合った戦略が必要だし、得意な配信内容も人それぞれなのだ。
オレの場合は、その時々の話題に合わせた話をしたり、視聴者からのコメントに答えたりするのがメインだ。たまに気が向いたら他の企画をして、雑談をしながらリスナーと交流を図る。そんな感じの、本当にゆるい配信スタイルだ。だから、特に問題はないと思っているし、これが一番自分に合っていると感じている。
「あのさ、颯太。ちょっと、大事な話があるんだけど」
「大事な話?」
なんだろうか。急に真剣な顔をして。
「……また最近、公式アカウントや、匿名掲示板などで、『姫宮ましろ』の『中身が何人もいる』とか、『実は中身は男なのではないか』とか、根も葉もない変な噂が一人歩きしているみたいなの」
「まぁ、その手の話題は昔からあるけどな。いちいち気にしてたら、身が持たないよ」
「でも、今回は今までとは違うのよ。あんたの人気も立場も、あの頃とは全然違う。『姫宮ましろ』は、うちの事務所でもトップクラスのVtuberだし、会社としてはここでしっかりと火消しをしないと、今後の活動に大きな影響が出かねないって話になってるのよ……」
確かにそうなのかもしれない。今と昔では違う。噂が広まって炎上する前に、何とか手を打たないとな……つまり、オレが男じゃないと思わせるような、決定的な何かが必要だということだよな。
そんな時、ふと『双葉かのん』こと鈴町彩芽さんの顔が頭に浮かんできた。彼女は、オレの正体を知っている。そして『姫宮ましろ』のことを心から応援してくれている。これはかなり大きな賭けになるけれど、今の状況を打開するにはこれしかないような気がした。
「桃姉さん。3期生の『双葉かのん』と、オフコラボをするのはどう思う?」
「え?」
『オフコラボ』とは、その名の通り、Vtuber同士が実際に会いに行き、同じ場所からコラボ配信をすることを指す。親睦を深めたり、普段とは違う雰囲気の配信を見せたりできるため、ファンにも人気が高い企画だ。大体、お互いの家で配信するのが定番化されている。オレは男だから、今までオフコラボは絶対にやらなかった。けれど、今の状況を考えると、なりふり構っていられない。
「彼女……いや、鈴町彩芽さんは、オレの正体を知っているだろ?それに、彼女は3期生の中でも、チャンネル登録者数が伸び悩んでいるように見える。もし『姫宮ましろ』とコラボすることで、少しでも彼女のチャンネル登録者数を増やせるなら、悪い話じゃないと思うんだ。それに、この家なら桃姉さんもいるから安心だろうし。どうかな?」
「確かにそうね……『姫宮ましろ』のコラボ自体が珍しいし、ましてやオフコラボなんて、デビューしてから初めてのことだから、話題性は抜群でしょうね……私も、そのアイデアには賛成よ。でも、あんたが自分からそういうことを言い出すなんて、本当に珍しいわね。何かあったの?」
「ちょっとな。自分の中で、色々と考えてることがあってな」
「ふーん。まぁ、いいけど。そこまで考えているなら、後は颯太に任せるわ」
「おう。というか……桃姉さんも、本当はあの子のことを何とかしてあげたいんじゃないのか?あの時、オレの正体のことを、もっと適当に誤魔化すことだってできただろう?」
「あら?バレた?あんたが言った通り、彼女は……このままの状態が続けば、Vtuberとして生き残っていくのは、厳しいのかもしれない。『個性』はかなり秘めているんだけど、それを上手く表現できていないのよね」
「まぁ……言いたいことは分かるよ」
オレも彼女の配信を見ていてそう感じていた。真面目なのは伝わってくるけれど、どこか遠慮がちで、殻に閉じこもっているような印象を受ける。
「……それに。もう1人、私としては、もっともっと頑張って欲しい、Fmすたーらいぶのエースがいるのよね?」
そう言って桃姉さんは意味深な微笑みを浮かべた。オレは別に……このままでも十分すぎるくらいだと思っているんだけどな。これ以上、深く関わって面倒なことになるのも避けたいし。そもそも『姫宮ましろ』だって、オレは……
そんなことを考えるが、今は『双葉かのん』こと鈴町彩芽さんのことだよな。でも彼女は何となく放って置けないし、何とかしてあげたいと言う思いが、確かにオレの中に芽生え始めていたのだ。
そして、彼女に普通に連絡をしても、あの様子ではまともに会話にならない可能性が高い。だからここはひとつサプライズを仕掛けてみようと思う。彼女は『双葉かのん』として配信している時なら、リスナーもいる安心感からか普段よりもずっと饒舌になるはずだ。
それを逆手に取れば、彼女がチャンネル登録者数を増やすきっかけになるかもしれない。オレは、パソコンに向かい『双葉かのん』の配信スケジュールを確認する。
「ふむ。今日は午後11時から雑談配信か……結構夜型なんだな。でも、ちょうどいい時間だ」
時間は22時50分。オレはパソコンの前で待機していた。そしてこれからやることを楽しみにしているオレがそこにはいた。