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3. 後輩ちゃんは『親衛隊』らしい

3. 後輩ちゃんは『親衛隊』らしい




 家に帰り着くと、どっと疲れが押し寄せてきた。桃姉さんは、他のライバーとの打ち合わせが立て込んでいるらしく、そのまま事務所に残っていった。一人になった部屋でオレはベッドに身体を投げ出す。


 頭の中では、『双葉かのん』……いや、鈴町彩芽さんのことがぐるぐると巡っていた。あんなにも人見知りなのに、どうしてVtuberをやろうと思ったのだろうか。あのたどたどしい話し方や、オレと会った時の挙動不審な様子が、どうしても頭から離れない。それが不思議で仕方なかった。


 まぁ、オレには関係ないことだ……そう言い聞かせようとしたけれど、気がつけば自然とパソコンを立ち上げて、『双葉かのん』の過去の配信を漁っていた。


『双葉かのん』。Fmすたーらいぶの3期生で、外見は緑色のゆるふわヘアーが特徴的な、可愛らしい妖精の姿をしている。コンセプトは「Fmすたーらいぶ内の風紀を守るがんばり屋の妖精」らしい。その見た目とは裏腹に、真面目で一生懸命なところがファンに支持されているようだ。


 過去の配信を見てみると、やはり多少なりとも緊張している様子は窺える。コメントを拾いながら、一生懸命に言葉を紡いでいる。コメントがあるから、まだ話しやすいんだろうな。


 やりたいことリストには『飲酒配信』を挙げていたし、『一人暮らしは大変』と漏らしていたこともあったから、鈴町彩芽さんは少なくとも成人していることだけは分かった。チャンネル登録者数は、同期の3期生の中では一番少ない3万人。配信自体は特に問題があるようには見えない。むしろ、真面目に取り組んでいる印象を受ける。ただ、これと言って強烈な個性や特徴がないのも、また事実だなと感じた。


 そんなことを考えながら、色々なアーカイブ動画を見ていると、いつの間にか夜遅くまで視聴してしまっていた。ふと、スマートフォンを取り出してディスコードを確認すると、ちょうど『双葉かのん』の雑談配信が始まる時間だったのでそのまま視聴することにした。


「こんばんは~。Fmすたーらいぶ3期生、Fmすたーらいぶの風紀を守るがんばり屋の妖精『双葉かのん』だよぉ」


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『かのんちゃんおつかれさま!』

『待ってたぞ!!』

『声癒される~』


「ありがとう。えっとねぇ……早速なんだけど……実は……実はね、今日はすごい嬉しいことがあったの!」


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『何かあったの?』

『どうしたの?』

『まさか……』


「うん。あのね……実はね。かのんさぁ、憧れのVtuberさんがいるって話を前にしたことあったでしょ?」


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『あぁ……あれね』

『うん覚えてるよ』

『これは予想外の話w』


「かのん今日ね。事務所に行ったの。打ち合わせで10時くらいに。実はそれ、間違った時間だったらしいんだけど。なんかいつもより早いなぁって思ってたんだけど、会社が言うからそんなに疑ってなくて。そして会社に着いて、会議室があるんだけど、そこに入ったらさぁ……その……いたんだよ!かのんの大好きな……憧れのVtuberさんが!」


 まさか……オレのことか?その言葉を聞いて、心臓がドキドキし始めた。まさか、オレに会えたことがそんなに嬉しかったのだろうか。


 コメント

『誰なの!?』

『ガタッ』

『早く教えてくれ!寒いんだ!(バッ』

『服着ろwww』


「その人は……えっと……その……えっと……あ~無理!緊張して喋れない!」


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『落ち着け。かのんたん』

『深呼吸だ!ヒッ・ヒフー』

『ラマーズ法やんけぇ!』


「すぅーはぁーすぅーはぁーすぅーはぁー」


 コメント

『本当に大丈夫かよ』

『心配だ』

『とりあえず水飲んで来い』


「ありがと。その人は……あのね、驚かないでね?ね?……その……『姫宮ましろ』さん!ましろん先輩なの!ヤバいよね!?」


 やっぱりオレのことだったか。まさか、あんなに人見知りな彼女が、オレのことを憧れのVtuberだと言ってくれるなんて。でもオレが男だと知って、今、どう思っているのだろうか……少し複雑な気持ちになる。


 コメント

『おお!ましろ姫!』

『ましろ姫だったかぁ』

『オレも好き』


「もうね。その……あの……えっと……あぁダメだぁ……ごめんなさい……」


 コメント

『おい。大丈夫かよ』

『マジかよ』

『もう親衛隊じゃんかw』


「ごめんみんなには隠してたけど……かのんは、ましろん先輩に憧れて、Fmすたーらいぶに入ったんだぁ!ましろん先輩がデビューしたときからずっと見ていて、実は古参の『親衛隊』なんだよ!」


『親衛隊』。それは『姫宮ましろ』の熱心なファンの通称だ。デビューの時からオレを見ていてくれたのか……画面越しだけど、彼女の熱意が伝わってくる。


 コメント

『ましろ姫見てるかな』

『見てると良いな』

『今度コラボしてください』


「本当にすっごく素敵な人で、ずっとかのんの追いかけてきた人だったし!あと今日、赤いカチューシャしてたんだけど、あれ、ましろん先輩のグッズだったし、気づいてないかもだけど……そして、いざ目の前に立ったら、緊張しちゃって何も言えなくなっちゃった……うぅ……」


 すまん。それには全く気づいてあげられなかったぞ。まさか、オレのグッズを身につけてくれていたなんて。


 コメント

『わかる!オレも推しの前だと緊張するもん』

『私もだよ。推し尊い』

『かのんちゃん泣かないで』

『初饒舌かのんちゃん』

『珍しい』


「全然喋れなくて……ずっと下向いてたぁ~コミュ障の陰キャ女おつw」


 コメント

『ドンマイ。でもまた会えるよ』

『がんばれ!』

『ましろ姫とコラボとかしないの?』

『そうだよ。せっかくコラボ解禁したんだし!』

『もっと自信もとう』


「えっと……かのんなんかじゃ釣り合わないし……いきなり新人のかのんがコラボとか、迷惑だと思うから……その……まだ考えられない……かも」


 コメント

『迷惑じゃないよきっと』

『そうそう。いつか実現すると良いね』

『応援してます』


「うん。かのん頑張るからね。まずはこの前のマシュマロ回答から始めるね」


 ……こんなにも身近に、『姫宮ましろ』を好きでいてくれるファンがいたなんてな。画面越しだけど、憧れの人物に会えて、すごく嬉しそうな鈴町彩芽さんの顔が目に浮かんでくる。なんだか不思議な気分だけど、素直に嬉しかった。同時に、彼女の期待を裏切らないように、もっと頑張らなければならないと、改めて強く感じた。

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