217. 後輩ちゃんは『無理』してたようです
今日は『双葉かのん』のグッズの打ち合わせで事務所に彩芽ちゃんと共に来ている。グッズとして出す予定なのは、ラバーストラップとマグカップの2種類。
バレンタイン仕様で、各期生バージョンがありそれぞれデザインが違うモノで販売するらしい。
そしてバレンタイン仕様ということで、2種類ともそれぞれの推しの色をしたメッセージ付きのハート型チョコレートがついてくる。姫宮ましろならピンク、双葉かのんなら黄緑といった具合に。会議室で武山さんの説明を聞いているが……
「という感じになるんだが、どうかな、かのんちゃん?」
「……。」
「かのんちゃん」
「あ。はい……それで大丈夫です」
となぜか上の空だ。ちなみに会議が始まってから、彩芽ちゃんは一言も喋っていない。何かあったのだろうか……?
「じゃあ次はメッセージを考えてもらいたんだが、どうする?」
「あの……ましろん先輩はどんな感じなんですか?」
「え?……『あなただけにましろの愛をプレゼントするね』……だよ」
「なるほど……」
「……恥ずかしいんだが?」
「え……何がですか?」
不思議そうに首を傾げる彩芽ちゃん。いや、なんで?普通恥ずかしいだろ?そもそもバレンタインのメッセージってなんだ?メッセージで思いつくのは……応援してくれている人に『ありがとう!』とか『これからも頑張ろうね!』とか。これならそこまで恥ずかしくはない。
しかし、『姫宮ましろ』が女性Vtuberである以上このくらいのメッセージじゃないとファンには刺さらない。まぁ確かに推しからこんなことを言われたら嬉しいとは思うし、仕事だから仕方ない。そのあとは彩芽ちゃんとと共にメッセージを考えて、会議が終わったのは夕方すぎだった。
そして帰る前に事務所の休憩室にて、彩芽ちゃんと一緒にコーヒーを飲むオレ。今日の会議は思っていたよりも長引いたな……。
「ふぅ……」
「お疲れ様。どうかしたの?会議中、上の空になることが多かったけど?」
「すいません……」
「いや、怒ってるわけじゃなくて心配なんだ。何か悩みごととか……」
オレがそう言うと、彩芽ちゃんは少し躊躇った後小さな声で話しだす。しかし声が小さいので聞き取りづらい。オレはそのまま彩芽ちゃんに顔を近付ける。
ん?なんか彩芽ちゃん……顔が赤くないか?それに目も虚ろだし。なんか呼吸も少し荒いような……
「彩芽ちゃん……もしかして体調悪いのか?」
「その……少し疲れてる……だけです」
「いや無理してない?」
「……はぃ……大丈夫です」
明らかに体調が悪いのに、彩芽ちゃんはオレに心配させまいと嘘を吐く。しかも普段とは違い、更に声量も小さいままだ。オレは思わず彩芽ちゃんのおでこに手を当てる。
「あっあの……」
「うん、熱いな……熱あるんじゃない?すぐに帰ろう!」
「まだ……次の打ち合わせが……」
「ダメ。打ち合わせは今度にすればいいから。」
そしてそのまま事務所を出て、タクシーで家に帰ることにした。その間も彩芽ちゃんはずっと俯いており、体調が悪いのか眠りについていた。タクシーで家に着くと、すぐに彩芽ちゃんをベッドに寝かせる。オレは急いで水と熱さまシート、薬などを用意する。
そして寝ている彩芽ちゃんに声をかける。しかし返事はない。どうやら完全に寝てしまったみたいだ。
「最近スケジュールがタイトだったし、実家に帰ったり色々大変なことがあったからな……気づいてあげられなくてごめんな」
そしてオレは彩芽ちゃんのおでこに熱さまシートを貼り、ベッドの近くにあった椅子に座る。しばらくすると彩芽ちゃんはゆっくりと目を開ける。
「起きた?体調は大丈夫そう?」
「はい……すいません迷惑かけてしまって……」
「気にするなって。何かしてほしいことある?とりあえず水と薬を持ってきたけど」
そう言うと少しの間彩芽ちゃんは黙り込むが、やがて消えそうな声で「そばにいてください」と呟く。
不謹慎だがそんな彩芽ちゃんも可愛い……しかし体調悪いのは心配だ。無理はさせたくないし、ゆっくり休んでほしい。
「じゃあ寝付くまでここにいるからゆっくり休むんだよ?」
「……はい……」
そして彩芽ちゃんは再び寝転び、また目を閉じた。どうやら相当無理をしていたらしい。少しくらい休んでも良かったのにな……