259. 姫は『収録』するそうです
『海の迷宮』の案件コラボから3日後。切り抜きやらなんやらでかなりの反響をもらっている。姫宮ましろのチャンネル登録者も今では68万人まで増えた。年々チャンネル登録者が増えるペースが上がっているよな……まぁそういう時代になったと言えばそれまでだろうけどさ。
そしてオレは今、事務所のスタジオに向かっている。今日は例のバレンタインてぇてぇ告白ボイスを収録する日なのだ。本当にFmすたーらいぶの社員さんは仕事が早くて困る……
ちなみに『すたライフ』は公式チャンネルに上がっているショートアニメーション。普段は台本が送られてきて、それを各ライバーがボイス収録しデータをおくるのだが、今回は集まって声優のように収録することになっているのだ。
オレは電車に揺られながら窓の外を眺めていた。外は雲ひとつない冬空で、太陽はとても眩しく輝いている。オレは眩しくて少し目を細めてしまうが、電車の窓から差し込む光がなんだか心地いい。
「こんな日は彩芽ちゃんとどこか出掛けたいよな……また誘ってみるかな」
最近も忙しくて、あまり2人の時間もないからな……何とか時間つくらないと。電車に揺られること10分程で目的の駅に着く。するとオレの目の前には日咲さんがいた。
「おはよう日咲さん」
「ん?あっ颯太おはよ!一緒に行く?」
「ああ」
日咲さんは可愛らしいベージュ色のコートを着込んで、手を擦りながら白い息をはいている。今日かなり寒いもんな。
「ねぇ颯太。コンビニ寄ってもいい?少し買いたいものがあって」
「いいぞ。じゃあ寄っていこうか」
オレ達は駅近くのコンビニに入り、日咲さんは飴やらおにぎりやらサラダを買っている。
「日咲さん、そんなに買うのか?」
「ん?ああこれね。衣音からさ、お昼買うの忘れたので買ってきてもらえませんかってメッセージ来てたからさ?しょうがないから買ってってやるだけ」
「……てぇてぇじゃんか」
「別にそんなんじゃないじゃん。仕事仲間なんだからさ」
そんなことを言いながらも、少し恥ずかしそうにしている日咲さん。こういうところは年下っぽいよな。
そしてそのままスタジオの控え室にむかい、中に入るとそこには衣音ちゃんがいた。まだ立花さんは来てないみたいだな。
「おはようございます!七海さん、神崎マネージャー。一緒だったんですね?」
「ああ。駅でタイミング良く会ったんだ」
「ほい。買ってきたよ衣音」
「あ。ありがとうございます。助かります。あれ?七海さん髪切りました?可愛い!」
「ありがと。それよりさ、このサラダ新発売なんだって、これ半分こしよ?」
「じゃあこのおにぎりも半分ずつにしませんか?こっちも食べたいし」
「嫌だよwあたしはこれ食べたいからw」
「えぇ?いいじゃないですかw」
目の前で仲良く話している日咲さんと衣音ちゃん。本当に姉妹みたいだな。配信だと『お前!』『うるせぇ!』『ガキ!』とか言ってるようには到底見えないくらい仲良さそうにしている……プロレス芸って素晴らしいよな。
「ん?どした颯太?」
「いや、仲良いなって思ってさ」
「え?そう見える?これくらい普通じゃない?」
これって普通なのか?いつも近くにいるのが彩芽ちゃんだから全然分からないんだが……でも確かに、玲奈ちゃんや月城さんもこのくらいフレンドリーではあるか。
しばらくすると立花さんがやってきて、打ち合わせが始まる。立花さんはオレの目の前に座っているのだが……ふと見てみると、私服は相変わらずお洒落で、上は白ニットに下は黒のスカートというシンプルな組み合わせだが、大人の落ち着いた雰囲気を醸し出している。
しかし……ニットはヤバい。胸を強調した服装で目のやり場に困るんだよな。それに今日は冬らしくタイツを履いているからさらにエロいというか……
オレのそんな様子に気づいたのか、横に座っている日咲さんが肘でツンツンとつついてくる。
(この浮気者。紫織さんの胸見てたでしょ?彩芽ちゃんに言っちゃおうかな?)
(見てないだろ!?)
(どうだか?ま、颯太がそういう目で見ちゃうのは分かるけどね。紫織さん綺麗だし、胸大きいからw)
(違うって……てかそもそも何でオレが責められてんだよ!)
(そんなに見たいならあたしの見れば?)
(え?いや……日咲さんのは……まぁ)
(あー!見た!彩芽ちゃんに言っちゃおう!)
(今のは卑怯だぞ!)
オレと日咲さんがコソコソ話をしていると立花さんが不思議そうに首をかしげる。
「……あなたたち。本当に仲良いわね?『ましポア』で収録したら?」
「違うよ紫織さん!颯太が!」
「すいません。ほら日咲さん集中しろよ!」
いかんいかん。日咲さんのペースにはまったら負けだ。打ち合わせに集中しないとな。