364. ましのんは『変化』したそうです
謎の鍋パーティーのあとに、謎のカラオケに来ているオレたち。なんかこう……青春って感じだな。懐かしい気持ちにもなる。
「じゃあ次、彩芽ちゃん歌う?」
「え……はい。じゃあ……ましろん先輩の……『Shooting star』を……」
「おお!『ホワイトプリンセス』じゃないんだ?」
「皆さんの中で『ホワイトプリンセス』のほうが……ましろん先輩のイメージがあると……思いますけど、この『Shooting star』も最高の曲で、歌詞も……お城の自分の部屋から……夜空に流れる星に祈る女の子の……気持ちを歌っていて、本当に素敵で……ましろん先輩にぴったり……なんです。私は『ホワイトプリンセス』も大好きですけど……この曲も大好きで……はい」
「めっちゃ喋るじゃん彩芽ちゃんw」
「分かります彩芽先輩!やっぱり推しの曲はどの曲も最高ですよね!私もリコピン様の『RED ZONE』もカッコ良くて最高で神!なんですけど、しっとりバラード系の曲も良いものが多くて、出す曲出す曲、リコピン様この世にまた最高を生み出さないで~って感じで!」
「うるせぇ奏wお前の聞いてないからw」
……ガチ恋が出てるな。本当にルナちゃんのこと好きなんだな。そんなことを考えていると日咲さんがまた変な無茶振りをしてくる。
「あ。颯太も一緒に歌ってあげなよ。彩芽ちゃんのマネージャーじゃんw」
「は?」
「彩芽ちゃんも一緒に歌いたいよね?」
「えっ!?……はい。歌ってくれるなら……一緒に……歌いたいです」
「神崎さん。ましろ先輩の曲歌えるんですか?」
「さすが『双葉かのん』のマネージャーさんですね」
待て待て。今のオレは『姫宮ましろ』じゃないんだよ!ふと彩芽ちゃんを見るとソワソワしているのが分かる。自分で言うのも何だが、一応彩芽ちゃんの最推しだからな。姿は違えど一緒に歌えるのが嬉しいんだろう。
ここで断るのも空気読めないし、興醒めだよな……仕方ない。
オレはマイクを手に取り、曲を入れると、彩芽ちゃんはオレの左側に立つ。そのまま彩芽ちゃんと声を合わせて歌うとみんなも盛り上がってくれるし、オレも楽しい気分になる。そして歌っている隣では彩芽ちゃんが幸せそうな顔をしている。そんな顔を見ていたらこっちまで幸せになってくる。
「あははw最高!」
「神崎さんお上手でした!」
「ありがとう」
「じゃあ次、颯太歌ってよ」
「え?今歌っただろ」
「今のは彩芽ちゃんだからw」
なんか無茶振りが多くないか日咲さん。多分酔っているからなんだろうけど……
「あれ歌ってよ。この前歌ってたじゃん『あるてぃめっとSong』wちょうど衣音もいるし」
「えぇ……自分の曲とか嫌ですよ」
「その前にオレがいつ歌ってたんだよ!」
「え?この前。いきなりノリノリだったじゃんw」
「神崎さん意外……可愛い曲とかも歌うんですね?」
「そう言えばましろ先輩も配信で歌ってたよね?あの俳句女王の時」
……歌った。やっちまった。確かにノリノリだったな。そんなことを思いながらふと彩芽ちゃんを見ると、さっきまで一緒に歌を歌った時の嬉しそうな顔とは違い、むすぅ~っとした顔をしている。
「衣音ちゃんは……同期なので一緒に歌ってあげてください。マネージャーさんも『あるてぃめっとSong』好きですよね?」
「いや……」
「そうだぞ颯太?彩芽ちゃんの言う通り!衣音が可哀想じゃんw」
「七海さん。私はそもそも歌いたくないんですけどw」
……なんか凄い圧を感じる。これは歌うしかないのか?彩芽ちゃんの方を見ると、ふいっと顔を逸らされてしまう。
「……衣音ちゃん。歌おうか……」
「空気に負けましたね神崎マネージャーw」
仕方がないのでオレは曲を入れ、そして衣音ちゃんと一緒に歌い始める。彩芽ちゃんはむすぅ~っとした顔をしている……なんか歌ってて悲しくなってきたな。
「じゃあ次は奏w」
「え?いやいや七海先輩歌ってないですけどw」
「奏。お前の得意な配信は歌枠でしょ?あたしは歌枠やらないからw」
「リモコン貸して……これでよし!ほら日咲さん『ライジングサン』いれたから。ゲーム配信得意だろ?衣音ちゃんと歌いなよw『すたフェス』の再来だなw」
「颯太お前w」
「なんで私も歌うんですかw」
と。この後はなぜか適当な理由をつけて勝手に曲を入れ誰かに歌わせるという。変な時間になってしまったが、カラオケも意外と楽しかったな。
それからカラオケ屋を出て解散する。そしてそのまま彩芽ちゃんと、暗い夜道を街灯を頼りに家路に向かって歩いて行く。
他愛もない話をしながら、彩芽ちゃんとふたり。静かな夜道を歩いていく。こうして話すのもいつぶりだろう……本当に嬉しいし、幸せな気持ちになる。
「彩芽ちゃん。今日は楽しかった?」
「はい……楽しかったです」
「最近はあまり遊べてなかったもんな。2人きりじゃないけど、こういうのもいいもんだね?」
「そうですね。初めて……奏さんと栄美さんと遊べましたし……」
そう言って微笑む彩芽ちゃんの横顔は、街灯に照らされているせいなのかほんのりと赤く染まっているように感じる。それを見てオレまで少し照れてしまう。
「あのさ……」
「……はい」
オレは立ち止まって、そして彩芽ちゃんと向き合う。彩芽ちゃんも立ち止まり、オレの方を真っ直ぐに見る。オレは目をそらさずにしっかりと彩芽ちゃんを見て話を始める。
「彩芽ちゃん。ちょっと遅くなったけど『ましのん』で1年たったね。本当にこの1年でオレは色々変われたと思う。あの時彩芽ちゃんと出会って『ましのん』ユニットを組んで、ここまで駆け抜けてきた。今でも彩芽ちゃんには感謝しきれない」
「それは……私も……です」
「今ではFmすたーらいぶは知名度も上がって大きな事務所になってきた。でも……初めてユニットを組んだ時オレは社長に『Vtuberのトップに立ってみせます』って言った。だから……これからもオレと歩んでほしい。『ましのん』として……『姫宮ましろ』の親衛隊としてさ?」
「もちろんです。私は……親衛隊隊長ですから」
そう言って微笑む彩芽ちゃん。最初はまともに会話すら出来ないくらいのコミュ障だったし、こんなに色々な表情を見せることもなかった。
そんな彩芽ちゃんも……もちろんオレもVtuberのお仕事を通して変化した。いや……本当の意味でVtuberになれたのかもしれない。
目標はまだまだ先にあるけど、彩芽ちゃんとなら辿り着ける気がする。だから……少し遅くなったけど『ましのん』の2年目は色々な事に挑戦して、一緒に歩んでいこうと改めてそう心に誓った。