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387. 姫は『押す』ようです

387. 姫は『押す』ようです




 そして部屋に戻り、ベッドに寝転びながら高坂さんのことを考えていると扉がノックされ彩芽ちゃんがやってくる。


「あの颯太さん……隣……寝転んでもいいですか?」


「え?あっうんいいよ」


 そう言って彩芽ちゃんはオレの横に寝転ぶ。彼女は少し頬を赤らめて恥ずかしそうにしてオレを見る。


 なんだろ……すごくいい匂いがするし、彼女のその綺麗な瞳に吸い込まれそうになる……オレも彩芽ちゃんも何も言わず見つめ合っていると、少し笑いながら彼女から口を開く。


「ふふ。そんなに見られると恥ずかしい……です」


「えっ!?いや彩芽ちゃんが……」


 オレが戸惑っているとそのまま彩芽ちゃんは話す。


「あのさっきの陽葵さんのお話……嘘ですよね?」


「うん。本当は何も言ってない。だから控え室に行って色々話してるのは彼女の意思だし、理由はわからない」


 わからない……でも……1つ思い当たることはある……そしたらその行動もわかるけど。


「関係あるかは……わからないんですけど、気になることがあって」


「気になること?」


「この前、3期生と収録が一緒で、旅行配信のこととかを陽葵さんもいたので話してて……陽葵さんが特技があるって話で……見たものを一瞬で記憶できる能力があるって陽葵さんは言ってました」


「え?」


「最初はトランプの神経衰弱の話や地図の話とかで分かったんですけど、最終的には……あの……企画配信の時とかにコメント欄を拾ってくれる『ピッキング』のお仕事のスタッフさんが……いるじゃないですか?それに向いてるんじゃない?みたいな話になりました」


「ピッキング……」


 『ピッキング』。Fmすたーらいぶの公式配信や不馴れな晩酌配信の時に、コメント欄を拾うフォローをしてくれる役目の人。他の箱は知らないがFmすたーらいぶにはその役目を担う人が配信によっては存在する。


 企画内容によってはコメント欄が拾いにくいこともあるし、不馴れなライバーさんの晩酌配信だと、思考能力が低下しそれが起きるとリスナーが放置されてしまうため、その役目の人が拾ってライバーさんに指示をすることもよくある。簡単に言えばテレビ番組でいうところのカンペと同じだろう。その点でもピッキングの存在は欠かせない。


「そっか。ありがとう彩芽ちゃん」


「いえ。陽葵さん……楽しそうでした。その……配信の話をする時……」


 なんとなくそれは分かる。旅行配信で見せたあの笑顔……彼女はきっと……


 そして3日後。オレは桃姉さんに頼まれ事をされていた。それは週末の4期生のオフコラボにフォローでスタッフとして入ってほしいということだった。


 しかも内容が初の晩酌雑談。基本は4期生のマネージャーが入ればいいのだが、急遽大きな仕事が入ったらしく、オレや高坂さんを回すよりは元々の経験値が高い4期生のマネージャーを回した方がいいということになった。


「え?私もですか?」


「うん。高坂さんは女性だし、オレ1人しかいないと4期生も何かあった時に相談しにくいだろうし。基本は立ち会うだけだから何もすることないよ?危なくなったら配信を切るくらいだな」


「でもいいんですか?私も参加して?」


「ああ。桃姉さん……神崎チーフマネージャーの許可は取ってあるからさ」


「勉強させてもらいます!3期生に次いで4期生まで……」


 オレがそう言うと、嬉しそうにする高坂さん。ふとあることに気づく。『勉強させてもらいます』って。マネージャーの仕事のこと?それとも……


「そう言えば彩芽ちゃんから聞いたんだけど、高坂さん特技があるんだって?」


「あっはい。瞬間記憶ですよね!子供の頃からの自慢なんです!」


「ちなみにオレの朝配信今日観てくれた?」


「もちろんです!」


「じゃあさ、オレが拾ったコメント欄以外に拾えそうなコメントってあったかな?覚えてたらでいいけど教えてくれない?」


「え?もちろんいっぱいありますよ『姫宮ましろ』は大人気ですし!えっとですね……」


 そのままメモ帳に高坂さんはオレが拾ったコメント以外の拾えそうなコメントを一字一句そのまんまスラスラと書いていく。


 正直、『姫宮ましろ』の登録者から考えればあのコメント欄の速さを拾うのは素人には無理だ。そしてオレも拾うことが出来ないものを彼女はできる。


 本当にこの子は真面目な子だ。この真面目さに漬け込むのは心苦しいけど、もしかしたら彼女はその一歩を踏み出せないだけなのかもしれないから。


「……高坂さん。知ってました?」


「何がですか?」


「5期生のオーディション今週末が締め切りらしいですよ?」


「え……?」


「今年はどんなライバーが入ってくるのか楽しみですね?」


「そっそうですね……」


 あきらかに動揺が見られる。もう答えは決まっているだろうに、その一歩を踏み出せないでいるんだな……ならオレがその背中を押してあげよう。せっかくの新しい風が吹き止む前に……

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