582. 姫は『複雑』らしいです
10月下旬。無事に秋の配信ウィークを終え、オレはいつも通りの日常に戻っていた。朝は『姫宮ましろ』として配信をし、そのあとは作業やら双葉かのんのマネージャーとしての仕事をこなしている。この日常にも慣れたもんだな。
今日は朝から事務所で打ち合わせやら会議やらがあり、今は夕方の16時……さすがに疲れたな。そのまま事務所の休憩所に向かうと、途中の廊下で声をかけられる。
「あ。ご機嫌よう颯太さん」
「玲奈ちゃん」
そこには制服姿の玲奈ちゃん。もしかして学校帰りなのかな?本当に勉学とライバー活動の両立なんて大変だろうに……
「お疲れ様です。今日は事務所で打ち合わせだったんですか?」
「そうだよ。今終わったとこ」
「さすが颯太さんですね。良くマネージャー業と……あ。両立大変ですよね。私も頑張らないと!」
「いや玲奈ちゃんも両立してるでしょ。今日は収録?」
「はい。ボイス収録してました」
「何か飲む?奢るよ」
そう言ってオレは玲奈ちゃんに自販機のココアを渡す。
「ありがとうございます!颯太さん!」
「どういたしまして」
「……あの、少しお話しませんか?」
「うん?別に良いけど……どうかしたの?」
「最近お話してないじゃないですか!3期生の旅行配信以来?あかくまの企画で少し話しましたっけ。でも颯太さんとは久しぶりですから」
「そんなに経つのか……」
玲奈ちゃんに促されてオレは2人で休憩所の椅子に座る。玲奈ちゃんとは、たまに配信で絡む程度で、こうして2人でゆっくり話をするのは久しぶりだな。
「あの。ひなた先輩元気ですか?」
「どうだろ?連絡は特にとってないけど、元気だと思うよ」
「でもすごいです。Vtuberのママになるために活動休止するのって。私は……その夢とかそういうのを考えたことないですし」
「やりたいことがあるのは羨ましいよ。オレも何か明確な夢があるわけじゃないからさ」
オレは元々Vtuberになりたいと思ってやっているわけじゃないからな。でも、彩芽ちゃんと共にVtuberのトップになる。それが今の夢ではあるのかもな。
そんな時、休憩所に人が入ってくる。1人は高坂さんで……もう1人は初めて見る顔だ。しかも……めっちゃ若くないか?それこそ玲奈ちゃんとあまり変わらないような気がするんだが?そして高坂さんがその子を連れてこちらの方にやってくる。
「あ。神崎先輩お疲れ様です」
「お疲れ様。えっと……」
オレがその子の方を振り向き、話しかけようとすると、オレの横にいる玲奈ちゃんがその子と話し始める。
「萌ちゃん。事務所来てたんだ」
「うん。玲奈ちゃんも学校帰りで収録?大変ね」
「そんなことないよ。あ。颯太さん、彼女……誰だか分かりますか?」
「神崎先輩ならすぐに分かるんじゃないですか?」
……今のやり取りや状況、その子を見て分からない方が無理があるな。とりあえず自己紹介しよう
「初めまして。双葉かのんのマネージャーをやってます神崎颯太です。……メルトちゃんだよね?」
「はい。夜霧メルトとして活動してます、深山萌です。よろしくお願いいたします」
やっぱりな。いや……この前の秋の配信ウィークでルナちゃんやいのりさんが言っていたが、確かにこの子が1人でスタジオ収録していたらビックリするよな。本当に若すぎなんだが。
「萌ちゃんは打ち合わせ?」
「5期生のミーティング。事務所には陽葵さんと私しか来てないけどねw」
「Zoomでもいいのに、わざわざ事務所に来るなんて萌ちゃんは真面目ですよねw」
「なんでからかうの陽葵さん!たまたま外に行く用事があったから。でも来て良かった。玲奈ちゃんに会えたし」
「本当に~?」
「本当よwなんで疑うの玲奈ちゃん」
目の前で若い女の子が仲良さそうに話している……オレもずいぶん歳をとったものだ。Vtuberとして活動して5年目。こうやって後輩が増えたことを複雑だが嬉しく思うのだった。