609. 姫は『振られる』そうです
玲奈ちゃんの凸待ちの翌日。時間は23時少し前。オレはえるるちゃんこと柊明日香ちゃんにオレが『姫宮ましろ』だと話すために事務所の会議室で待っている……のだが……
「明日香遅くない?」
「いや。まだ23時じゃないから……というかなんで日咲さんがいるんだ?」
「収録が長引いてさ?帰ろうかと思ったけど、颯太が正体を話すんだっけ?って思い出したから来た」
「思い出したから来たって……別に遊びじゃないんだが?」
「いいじゃん。颯太だってあたしが居た方が話しやすいでしょ?あたしが最高のタイミングで颯太に振ってあげるからさ!」
話しやすいとかそういう問題ではないんだけどな。最高のタイミング……全然期待できない。ただ面白がってるだけだよな日咲さん。
「そういえばさっき収録にえるるのマネちゃんがいたんだけど、『ついにこの日が来ましたね!』ってめっちゃ嬉しそうだったよw」
「え?オレが正体を明かすのがそんなに嬉しいことなのか?」
「嬉しいというより……秘密の共有でしょ?あたし思うけど、意外にマネージャーさんやスタッフさんのほうが気をつけてるんじゃない?」
「確かにそうかもな……」
「でもさ、『姫宮ましろが男である』という秘密を会社が守ってるんだから、それだけ颯太に期待してるんだろうね?」
「嬉しい限りだよ本当に」
だからこそ、会社が必要な時以外は絶対に秘密を守る必要がある。それだけFmすたーらいぶの『姫宮ましろ』は大きい存在だからな。そんなこと思っていると会議室の扉が開かれ、明日香ちゃんがやってくる。
「お疲れ様です。え?神崎マネージャーさん?七海ちゃん?」
「お疲れ。そこ座りなよ明日香」
「え。アタシこの会議室で合ってます?」
「合ってるって。ねぇ颯太?」
「ああ……」
とりあえずオレの目の前に座る明日香ちゃん。というか……日咲さんが居て完全にタイミングを逃しているのだが……
「明日香。今日何してたの?」
「ボイトレとダンスレッスンだよ。すたライの。ほら4期生のオリジナル曲の」
「おお……大変だね。あたしたち1期生は今回ないから。あっでもオリジナルユニットあるか。明日香は姫のところだっけ?」
「そうなんだよ~!アタシ大丈夫かな……姫先輩と会ったことないし、普通に音痴だしさ……七海ちゃんアドバイスとかある?」
「颯太に聞いたら?」
「神崎マネージャーさんに?」
突然無茶振りする日咲さん。雑すぎるぞ……さすがにここで本題に入れるわけがない。
「というか、奏さんと栄美さんに聞いたんだけどお2人って仲良いんですね?」
「まぁね。ほらあたしと颯太は……ね?」
「親友だよな?」
「え?」
「羨ましい~!アタシも異性の親友ほしいなぁ~」
日咲さんはオレのことをジト目で見てくる。いやいや、そんな振りじゃオレは納得しないよ?ここまで来たら完璧な振りをして貰わないと。と何故か配信みたいなことを思いながら、雑談をし30分が経っていた。
「あの……そういえば、今日何で呼ばれたんですかね?アタシ、マネちゃんから言われて来たんで何も知らないんですけど……何か聞いてます?」
「あー……あたしは関係ないんだよねw」
「え?」
「颯太が明日香に用があるんだよね?」
完全に飽きたのか、オレに振る日咲さん。うん……まぁいいか。いつまでも雑談に付き合わせるのも悪いしな。オレは一呼吸置いて、明日香ちゃんに話を切り出す。
「えっと明日香ちゃん、日咲さんの言う通り、今日はオレが明日香ちゃんに大事な話があって呼んだんだ。いいかな?」
「はっはい……」
オレの真剣な表情に驚いたのか、明日香ちゃんは背筋を伸ばす。そんなに畏まらなくてもいいんだが……いやオレが緊張させているのかもな。なら早めに終わらせた方がいいな。オレは気持ちを切り替えて本題を話し始める。
「……さっき話に出ていた通り、今回のすたライはオリジナルユニットを組むことになっているんだけど、明日香ちゃんは『姫と親衛隊』。だから話さなければならないことがあるんだ。それは……Fmすたーらいぶ1期生の『姫宮ましろ』はオレなんだ」
「へ?」
オレの発言に明日香ちゃんは目を丸くし、口をポカーンと開けていた。まぁ……そうだよな。でもオレは話を続ける。
「えっと……信じられないかもしれないけど、本当にオレが『姫宮ましろ』なんだ。それで今回、明日香ちゃんが『姫と親衛隊』のユニットを組むから話しておかないといけなくて。他の人は全員知っているから」
「え?いや……ちょっと待ってください!神崎マネージャーさんは男性ですよね!?姫先輩って……女性じゃないんですか!?」
完全にパニックになる明日香ちゃん。まぁ……そうだよな。今まで女性だと思っていた人が男だったなんて言われたら、誰だってこうなるよな。あとは明日香ちゃんが認めてくれるかどうかだな。