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676. 後輩ちゃんは『踏み出す』そうです

676. 後輩ちゃんは『踏み出す』そうです




 そして夜。オレは彩芽ちゃんの部屋に向かう。扉をノックするとすぐに彩芽ちゃんが出てくる。


「お疲れ様。今大丈夫?」


「はい。どうしましたか?」


「いや彩芽ちゃんに重要な話があって」


「え。……はい。どうぞ」


 オレはそのまま部屋に入る。久し振りに彩芽ちゃんの部屋に入ったけど、相変わらず『姫宮ましろ』一色だな。部屋の壁はポスターやタペストリーで埋め尽くされ、タンスの上も『姫宮ましろ』のグッズだらけだ。そんな部屋でテーブルの椅子に腰をおろすと、彩芽ちゃんも同じように座る。そしてオレを心配そうに見つめてきた。


 ……いやそんな目で見つめられると話しづらいのだが。まぁそんなこと言っても仕方ないか。オレは一度深呼吸してから口を開く。そしてゆっくりと話し始めた。


 彩芽ちゃんには、桃姉さんから言われたことをそのまま伝えた。……マネージャーが1人産休に入ること、その穴埋めにオレがひなたさんのマネージャーをやること。そして彩芽ちゃんのマネージャーは高坂さんがやること。


 それを聞いた彩芽ちゃんは驚いた表情を見せたあと、少し寂しそうな表情をした。でもすぐにいつもの笑顔に戻りオレを見つめる。そして口を開いた。


「分かりました。来年から陽葵ちゃんが私のマネージャーさんなんですね」


「うん。突然で申し訳ないけど、そういうことになる」


「大丈夫です。お仕事が最優先ですから……颯太さん……『姫宮ましろ』を独り占めなんて出来ませんし……」


「彩芽ちゃん……」


 そしてそのまま彩芽ちゃんは話し始める。


「でも……いい機会だと思います。その……この前颯太さんに相談したの……覚えてますか?」


「チャンネル登録者の件?」


「はい。私なりに……色々考えました。やっぱり私は『ましのん』にずっと頼りっぱなしなんだなって……そして颯太さんにも頼りっぱなしで。このままじゃ……いけないって……思ってました。でも颯太さんが近くにいるとやっぱり甘えてしまって……」


 そうオレに告げる彩芽ちゃん。そうか……同じだったんだなオレも彩芽ちゃんも。同じ配信者として、Vtuberとして成長するための重要な決断。まだ見ぬ先のステージにオレ達は踏み出そうとしている。


「颯太さん。私にも……もう1つ夢が出来ました」


「夢?」


「私は『姫宮ましろ』の古参の親衛隊です。何があっても私はずっとファンです。だから……いつか『姫宮ましろ』がVtuberのトップになるときが来たら……その時に隣にいるのは……『双葉かのん』でありたいです……」


 そして彩芽ちゃんはゆっくりと椅子から立ち上がる。そしてオレを真っ直ぐ見つめ、手を差し出す。


「きっと大丈夫です。上手くいきます。あとは……」


 そのままあの時……彩芽ちゃんと初めて話したファミレスで、オレが彼女に言った言葉……1番大事なことを彩芽ちゃんはオレにくれる。


「私たちが楽しんで……そして多くの人に伝えるんです……その勢いに乗って一気にトップまで駆け上がりましょう……2人で」


 ……ああそうだよな彩芽ちゃん。オレたちは同じ道を歩もうとしているんだ。


 ……きっと上手くいく。


 オレは彩芽ちゃんの手を握りながら、彼女の目を見つめる。そして同じように真っ直ぐオレを見つめてくれる彼女に力強く頷いた。


 彼女がくれた1番大切な言葉……それは確かな形になってオレの心の中に深く刻まれた。

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