678. 姫は『エモい』らしいです
オレは高坂さんと共にお昼を取るために事務所の近くの定食屋さんに来ている。一応店員さんに個室を開けてもらうと、オレと高坂さんは向かい合う形で座った。そして高坂さんと会話を交わしながら料理が運ばれてくるのを待つことにしたのだ。
まずは……この前彩芽ちゃんに話した内容を、今度は高坂さんにも同じように話すことにした。
「え。私が彩芽ちゃんのマネージャーですか?」
「うん。桃姉さんからの指名だよ。でもオレも高坂さんが適任かと思う」
「でも……私で大丈夫でしょうか?しかも神崎先輩の代わりですよね……」
高坂さんは不安そうな表情を浮かべ、そう話す。まぁそうだよな。同い年とはいえ、いきなりマネージャーをやれと言われても困るよな。しかもあのコミュ障陰キャ女おつの彩芽ちゃんのマネージャーだし。
……オレも最初は全然意志疎通が図れなかったし……懐かしいよな。でも最近の彩芽ちゃんはだいぶ人と関わるようになったし、高坂さんなら大丈夫だろう。
オレはそんな不安そうな表情を浮かべる高坂さんに、優しく声を掛けることにした。
「高坂さんは彩芽ちゃんとだいぶ打ち解けてると思うし大丈夫だよ。それになんかあればオレもフォローするからさ?」
「分かりました。精一杯頑張ります!あの……神崎先輩の……『姫宮ましろ』のマネージャーは継続ですか?」
「そうだね。だから担当が2名になるな。まぁ高坂さんのことは桃姉さんも期待しているだろうし、4月には新人も入ってくるだろうから、それまでは高坂さんに負担をかけて申し訳ないけど」
「いえいえ!負担なんて!嬉しいです。担当を更に持たせてもらえるなんて。マネージャーとしても頑張ってスキルアップしたいですし!」
少し安心したのか、笑顔を見せてくれる高坂さん。その笑顔はやっぱり可愛らしい。オレは思わず笑い返してしまう。でも今こうして話していると、何だか初めて会った頃が懐かしいな。……高坂さんは泣いてたからなw
でもそれが今では高坂さん自身もVtuberになって、マネージャーもするって……本当に人生って何があるか分からないよな。
そんなことを思っているうちに店員さんが注文していた料理を運んできたので、オレ達は料理を食べ始めることにする。そしてそのまま料理を食べながら細かいところを引き継ぎしていく。
「あとは……案件。しばらくは『姫宮ましろ』に案件は振らなくて大丈夫だよ。指名があるものだけ提案して?」
「はい。分かりました」
「で。彩芽ちゃんは、基本何でもできるから全部提案してあげるのがベストだな」
「全部ですか?」
「うん。でも彩芽ちゃんはきちんと意見を持ってるから、やりたいやりたくないはすぐに返答くれるよ?意外だけどさwそれと1番気を付けることはグッズ関係だな。そのグッズのカラバリや違うパターンのものが作れるかどうか。武山さんと細かい打ち合わせが増えると思う。彩芽ちゃんはグッズ関係だけは更に細かいからw」
オレがそう言うと、高坂さんは少し笑っていた。まぁあのグッズへの拘りは異常だからなwでもそのおかげで、双葉かのんの人気に一役買っているのは間違いないからな。
そのあとは、他愛もない雑談をし、食事も終わりオレ達は店を後にする。
「あの神崎先輩」
「ん?」
「ありがとうございます……って言いたくて。私は神崎先輩と出会って人生が変わりました。それこそ想い描いていた夢に向かう人生に。だから、そのチャンスを無駄にしないように頑張ります!」
そう言って高坂さんは、決意に満ちた表情でオレを見つめる。その真っ直ぐな視線は、あの時と何も変わらない強い意志を感じるものだった。
「……うん。ましろとこれからも一緒に歩んで行こう」
「おお……エモいですね。あの時と同じ返答をくれるなんて。やっぱり尊敬します神崎先輩!」
「あはは。ありがとう」
「では、私は帰りますので。良いお年を」
「ああ。良いお年を」
高坂さんはそのまま駅に向かって歩いて行く。オレはその背中を見送りながら、スマホで時間を確認する。16時30分か……そろそろオレも家に戻らないとな。
そしてオレは再び歩き出す。来年も今年以上にきっと色々なことが起こるだろうな。でもそれを楽しみにしているオレがいた。