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第62話

「あんた達、料理の進捗はどうだい?」

「姉さん! ちょうど良かった! ちょっとこれ皮剥いておいてもらえますか?」


 喜兵衛が言った途端、雅は顔を歪ませて「様子見に来るんじゃなかった」などと呟いている。それでも渋々雅は今日の夕食に使う野菜を剥いてくれる。


「何だか懐かしいです!」


 鈴が笑顔で言うと、雅が何故かチラリと喜兵衛を見た。そんな雅を見て喜兵衛はそっと視線を逸しながら言う。


「……ほんとですね。もうしばらく自分は実家に戻らないんで……また飾り切りの練習しましょう」

「はい!」


 鈴が笑顔で頷くと、喜兵衛はホッとしたような泣きそうな顔で頷いた。

「上出来だよ、喜兵衛」

「……どうも」


 うつむき加減でポツリと言った喜兵衛の背中を雅がよしよしと撫でてやっていた。


 渾身のクリスマスディナーが終わると、今度はクリスマスツリーを飾った部屋で千尋がピアノを弾いてくれた。それを聞いているうちに、鈴は体がウズウズしてくるのを感じる。


「雅さん、踊りましょう!」

「へ!?」


 鈴の隣で大人しくピアノを聞いていた雅の手を取って滅茶苦茶なステップで踊ると、それを見て千尋も楽しそうに目を細めてどんどんリズムを早くしていく。


 しばらくして――。


「はぁ、はぁ……も、無理です!」

「なんだい、鈴。自分から言い出しといてだらしないねぇ」

「ふふ、楽しかったですね」


 意地悪をした後の千尋の笑顔はとても妖艶だ。そこにさらに千尋から注文が入る。


「鈴さん、何か歌ってください」

「え!?」

「そうだよ! せっかくクリスマスなんだ。何か歌ってよ!」

「えっと……それじゃあアメイジング・グレイスを……」

「どうせなら全部歌いなって」


 雅の言葉に千尋も頷いて断る間もなくピアノを弾き出した。最初はアメイジング・グレイスだ。


 ふと千尋を見ると、千尋は少しだけ顔をこちらに向けて、まるで鈴の歌声に聞き入るようにピアノを奏でる。


 千尋に教えた歌を全て歌い終わると、雅はいつの間にか黒猫に戻って小さな肉球で拍手をしてくれていた。


「はぁ、やはり何度聞いてもいいですね。他にも色々教えてくださいね」

「はい」


 千尋に大したプレゼントを用意出来なかった鈴は、それから千尋に色んな歌を披露した。

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