そう言って鈴が卵焼き数切れと小さなおかかのおにぎりを渡すと、雅は目を細めてそれを受け取る。
「ありがとう。丁度小腹が減ってたんだ」
その場でむしゃむしゃと食べてくれる雅の隣で、鈴はおにぎりと卵焼きを破子(当時のお弁当箱)の中に丁寧に詰めると、ふろしきできつく縛った。
「出来たのかい?」
「はい! 喜んでもらえるでしょうか?」
「そりゃ喜ぶだろうよ。千尋は誰かにこんな事された事もないだろうからね」
「そうなんですか?」
「そうさ。千尋も言ってたろ? 今までの花嫁達とはこんな風に生活してなかったってさ」
そんな事を言いながら雅は最後の卵焼きを口に放り込んで後片付けを手伝ってくれる。
「だからさ、喜ぶと思うよ」
「だと嬉しいです」
鈴が出来ることなど、本当にこれぐらいだ。千尋が少しでも喜んでくれたら嬉しい。思わず笑顔を浮かべた鈴を見て、雅も微笑んでくれた。
深夜、窓を叩く雨の音が徐々に強くなってきたようで、その音で鈴は飛び起きた。
昼間に千尋の治療を受けたからか、今日は痛み止めを飲まなくても背中は痛まず、この時間まで鈴はぐっすり眠りこけてしまっていたようだ。
「大変! お弁当を渡さないと!」
鈴は千尋がくれた羽織を羽織って部屋を飛び出し、そのまま炊事場に駆け込み置いてあった風呂敷を掴んだ。
「何時ぐらいに出発されるんだろう?」
そのまま千尋の部屋まで移動した鈴が控えめに千尋の部屋をノックすると、中からいつもの千尋の艶のある声が聞こえてくる。
「開いてますよ」
「失礼します。鈴です」
そう言ってドアを開けると、千尋はいつものようにソファに座って本を読んでいた。
「鈴さん、本当に見送ってくれるのですか?」
「はい。あ、ご迷惑なら部屋に戻ります」
こんな時間に男性の部屋を尋ねるなど、ありえない事だ。こんな事がもし佐伯家に知られたら、鈴はそれこそ街すら歩けなくなってしまうかもしれない。
急いで踵を返そうとした鈴に、後ろから千尋が優しく声をかけてきた。
「大丈夫ですよ。ほら、雅も居るので」
「本当だ……気持ちよさそうに寝てますね」
「そうですね。今日はこの時間まで暖炉がついていますから」