「それがどうかしましたか?」
何だか凄く残念そうな鈴に千尋が思わず声をかけると、鈴はしょんぼりした様子でぽつりと言った。
「いえ、遠いのでしたら道中お腹が空いてしまうかもしれないので、簡単なお弁当を作ろうと思ったのですが、一瞬なんですね。しかも龍の姿に戻るのですか!」
「ええ。あちらへ戻る時とこちらへ戻る時は龍の姿ですが――」
そこまで言って千尋は考えた。そして言う。
「確かに都へ戻るのは一瞬ですが、そこから自宅までは距離があるので、もしかしたら道中お腹が減るかもしれません」
それを聞いた鈴の顔がパッと輝く。
「ではおにぎりを作りますね! 千尋さまの大好きな佃煮のおにぎりと、梅のおにぎりにします!」
「それは嬉しいですね。ありがとうございます」
まるで華が咲いたかのように微笑む鈴を見て千尋も思わず微笑む。本当は自宅などすぐに着くが、それは鈴には黙っておいた。
♥
「こんな時間に何やってんだい?」
夕食もお風呂も終えて後は寝るだけなのだが、鈴はまだ炊事場に居た。
それを火の始末を点検しに通りかかった雅に見つかってしまう。
「米まで炊いてなんだ、握り飯? 夜食かい?」
「あ、いえ。千尋さまにお弁当を作ろうと思って」
「弁当? 千尋に? 何でまた」
「千尋さまが都へ戻ってそこから自宅までは遠いと仰るので、お弁当を作っても良いか聞いた所、快諾してくださったんです」
そう言って鈴は熱々のご飯に具を詰めて握りだした。そんな鈴を雅は怪訝な顔をして見ている。
「あんたが言い出したのかい?」
「はい。私が送り出す時に出来る事と言えば、これぐらいですから」
「そんな事は無いだろうけど……千尋が自宅は遠いって?」
「はい! 道中、きっとお腹が空いてしまいますよね?」
よほど嬉しそうな顔をしていたのか、鈴を見て雅は今度は苦笑いを浮かべる。
「そうだねぇ。どれぐらい遠いのかは知らないけど、途中で腹が減ったら困るもんね」
「はい!」
鈴は笑顔で頷いてまたせっせとご飯を握っていたが、おにぎりだけでは味気無いと思い立って、ついでに卵焼きも焼くことにした。
「相変わらず美味そうな匂いだね」
「雅さんも食べますか?」
「こんな時間にかい?」
「夜食にどうぞ」