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第70話

「それがどうかしましたか?」


 何だか凄く残念そうな鈴に千尋が思わず声をかけると、鈴はしょんぼりした様子でぽつりと言った。


「いえ、遠いのでしたら道中お腹が空いてしまうかもしれないので、簡単なお弁当を作ろうと思ったのですが、一瞬なんですね。しかも龍の姿に戻るのですか!」

「ええ。あちらへ戻る時とこちらへ戻る時は龍の姿ですが――」


 そこまで言って千尋は考えた。そして言う。


「確かに都へ戻るのは一瞬ですが、そこから自宅までは距離があるので、もしかしたら道中お腹が減るかもしれません」


 それを聞いた鈴の顔がパッと輝く。


「ではおにぎりを作りますね! 千尋さまの大好きな佃煮のおにぎりと、梅のおにぎりにします!」

「それは嬉しいですね。ありがとうございます」


 まるで華が咲いたかのように微笑む鈴を見て千尋も思わず微笑む。本当は自宅などすぐに着くが、それは鈴には黙っておいた。



「こんな時間に何やってんだい?」


 夕食もお風呂も終えて後は寝るだけなのだが、鈴はまだ炊事場に居た。


 それを火の始末を点検しに通りかかった雅に見つかってしまう。


「米まで炊いてなんだ、握り飯? 夜食かい?」

「あ、いえ。千尋さまにお弁当を作ろうと思って」

「弁当? 千尋に? 何でまた」

「千尋さまが都へ戻ってそこから自宅までは遠いと仰るので、お弁当を作っても良いか聞いた所、快諾してくださったんです」


 そう言って鈴は熱々のご飯に具を詰めて握りだした。そんな鈴を雅は怪訝な顔をして見ている。


「あんたが言い出したのかい?」

「はい。私が送り出す時に出来る事と言えば、これぐらいですから」

「そんな事は無いだろうけど……千尋が自宅は遠いって?」

「はい! 道中、きっとお腹が空いてしまいますよね?」


 よほど嬉しそうな顔をしていたのか、鈴を見て雅は今度は苦笑いを浮かべる。


「そうだねぇ。どれぐらい遠いのかは知らないけど、途中で腹が減ったら困るもんね」

「はい!」


 鈴は笑顔で頷いてまたせっせとご飯を握っていたが、おにぎりだけでは味気無いと思い立って、ついでに卵焼きも焼くことにした。


「相変わらず美味そうな匂いだね」

「雅さんも食べますか?」

「こんな時間にかい?」

「夜食にどうぞ」

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