千尋は楽の反応を楽しみながら風呂敷を開けて目を見張った。風呂敷の中には弁当の上に千尋が贈った反物で作った、小さなお守りが入っていたのだ。
「鈴さん、これはあなたに差し上げたんですよ? どうして一番に私の物を作ってしまうのですか」
何となく鈴が嬉しそうにチクチクと縫い物をしている姿が浮かんで、思わず千尋は微笑む。そんな千尋を見て楽はさらに声を上げた。
「わ、笑うんですか!? そんな顔で!?」
「そんな顔とは?」
「え、何ていうかえっと……優しげ? いや、楽しげ? とにかく! 見たことない顔でした!」
「そうですか? あ、お茶ありがとうございます」
「あ、いえ。どういたしまして」
一口飲んでふと首を傾げる。いつものお茶ではないからか、何だか変な感じだ。
「不味いですか?」
「いえ、美味しいですよ。ただ100年も飲み慣れたお茶と比べるとやはり違うものですね。前はそんな事気にした事もなかったのに」
言いながら千尋は弁当箱を開けて目を輝かせた。そこにはおにぎりが2つと卵焼きが入っている。端っこには小さなゼリーまであるではないか!
「あ、美味そう」
興味津々な様子で弁当を覗き込んできた楽に、千尋は梅のおにぎりを渡してやる。
「美味しいですよ。わざわざ深夜に作ってくれた物ですから」
「あ、ありがとうございます。ていうか誰がですか? あ、噂の雅の姉御ですか?」
「まさか! 雅がこんな物を作ってくれる訳がありません。鈴さんという今期の花嫁ですよ」
「鈴……花嫁……可愛らしい名前ですね」
「ええ。名前だけではなくて、本人もとても可愛らしい方ですよ」
何気なく言った千尋に、楽はまた驚いた顔をして持っていた盆を落とす。静まり返った部屋の中に盆が落ちた音が響いたが、それを無視して千尋は早速弁当を食べだした。
「ああ、やっぱり美味しいですね」
さっき別れたばかりなのに、何故か既に懐かしく感じる鈴のおにぎりと卵焼きに千尋は思わず目を細めた。
♥
千尋が龍の都に戻った日、夜更かしをしすぎた鈴はやはり盛大に寝坊してしまった。
寝ぼけ眼で炊事場に顔を出した鈴を見て雅と喜兵衛が笑う。
「あんた、ちゃんと鏡を見たかい? ほら、寝癖がついてるよ」
「珍しいですね、鈴さんが寝坊なんて」