街で買ってきてくれたお菓子を食べながらケロリとしてそんな事を言う千尋に、鈴と千隼以外は呆れたような顔をしている。
「千尋お前……まさかとは思うけど、鈴が妊娠したからか?」
「それしかないと思う。でも流星さまもよくその提案を飲んだなって……」
「楽の言う通りですよ。そもそもよくそんな提案を王にしましたね」
「千尋さまだぞ? 何でも鈴が一番だからな。今回は間近で鈴の変化を見られるとなりゃ、この人は何が何でもそうするだろ」
「確かに弥七の言うとおりだ。断られたら仕事辞めかねないからね、こいつは」
皆がいいたい放題言うなか、千尋はさっきからずっと鈴が食べられそうなお菓子だけを鈴の皿に入れてくれていた。
「ありがとうございます、千尋さま」
悪阻が段々落ち着いて食べられる物が増えるのを、鈴よりも千尋の方がよく覚えてくれている。
それが嬉しくてお礼を言う鈴を見て千尋は笑顔を浮かべて言った。
「この子はもしかしたら甘党なのかもしれませんね。あと洋風の食べ物が好きなのかもしれません」
「言われてみれば……本当ですね!」
鈴が千尋の洞察力に感動しながら言うと、千尋も嬉しそうに微笑む。
確かに言われてみると今回の悪阻は和食の時に起こしやすい。
「ですが、千隼の時の事を聞く限りその真逆だという可能性もあります。でも何も問題ありません。何せうちには私がいくら言っても頑なに洋食を作ろうとしなかったのに、鈴さんや千隼に言われてあっさりと洋食を極めようとしている天才料理人が居ますからね。それにあなたのハーブティーの為に庭の花壇の花をほとんどハーブに変えてしまった凄腕の庭師も居ますし、あなたの為なら主人にも辛辣な優秀な猫もいます。きっとこの子は元気に生まれてきますよ」
にこやかな千尋の言葉に雅と喜兵衛と弥七が噎せた。
「なんだい、そりゃ。あたしらへの仕返しかい?」
「ハーブは千尋さまの為でもあるんだがなぁ。相変わらず大人げない……」
「ち、千尋さま、それは嫌味ですか……」
「嫌味だなんて! ただ皆も鈴さんには甘いではないですか、という話です」
そう言って千尋が見回すとその視線を受けて何故か皆が顔を背ける。千尋はどうやら皆の話をしっかりと聞いていたようだ。
何だかそれがおかしくて鈴は思わず笑ってしまった。
「私は幸せ者です!」
「ちーも! ちーも幸せ!」
「そうだね。千隼、千隼はもうすぐ本当にお兄ちゃんになるんだよ。仲良くしてあげてね」
千隼の頭を撫でながら言うと千隼がはしゃいだように満面の笑みで鈴の膝に登ろうとしてきたのだが。
「千隼、鈴さんが安定期になるまでは、鈴さんの膝には乗らないように気をつけましょうね」
「いや!」
どうしても鈴の膝に乗りたい千隼の肩を、千尋がグッと掴んだ。これは千尋による長文言い聞かせの時間が始まる合図だ。
「嫌ではありません。良いですか、千隼。今、鈴さんのお腹の中にはあなたの妹か弟が住んでいるのです。彼女、もしくは彼は今から10ヶ月の間鈴さんのお腹で暮らします。そこにあなたが乗ると重くて仕方がありません。あなたも夏樹に乗られて重いと怒るでしょう? それと同じことをあなたはしようとしているのですよ?」
「おいおい、千尋、お前子どもにそんな難しい話しても——」
思わずと言わんばかりに栄が口を挟もうとしたが、千隼は千尋の話を真剣に聞いてコクリと頷く。
「千隼はやはり賢いですね。それに心配はいりません。私はしばらく家で仕事をする事になりました。鈴さんに抱っこして欲しい時はいつでも構いませんから、部屋へ来てください」
「うん。パパのだっこ高いからすき」
「私も千隼を抱っこするのが好きですよ。お揃いです」
「うん! お揃い!」
そう言って千隼は遠慮なく千尋に抱きついた。そんな二人を楽が写真を撮っている。その足元を夏樹がうろちょろして抱っこをせがむが、楽は今それどころではないようだ。
「なつもー! だっこ!」
「いや、今は俺は無理だぞ。二人の写真撮るのに忙しい。夏も千尋さまに抱っこしてもらってきな」
「うん!」
結局、千尋は子どもたちに抱っこをせがまれ、困ったように笑いながら二人を膝に乗せて笑っていた。