大好きな雅に我慢を強いているようで鈴が頭を下げると、雅が笑った。
「構わないさ。あたしが昼寝ばっかしてたのは退屈だったからだよ。こんな長い命を貰っても、退屈だけはどうしようもない。千尋はあんなだし、たまにお玉の頃に戻りたいとか思ってたけど、今はもう忙しくて目が回りそうだ。退屈だなんて言ってる暇すら無いんだから。けどね、ふと思ったんだよ。こんな時間もきっとあっという間に過ぎるんだろうなってね」
「そうですか?」
今は忙しくて鈴には到底未来が見えないが、雅にはもう既に随分と先の未来が見えているようだ。
「そうだよ。あの子達がデカくなってそれぞれに家庭を持ったりしたら、この屋敷はまた前みたいに静かになるんだろうなって思うとね、ちょっとだけ寂しくなったんだよ」
「雅さん……」
いつも雅の事を母親みたいだと思う鈴だが、何だか今日は本当に母のようなだ。鈴はそんな雅に堪らなくなって思わず抱きついた。
「なんだい?」
「そ、そんな事言わないでください! 私、私がずっとここに居ます! 今はあの子達の母親だけど、あの子達が私達から完全に手が離れたら、私はまた思う存分雅さんに甘える所存です!」
それを聞いて雅が声を出して笑った。
「ははは! なんだ、また甘えてくんのかい?」
「もちろんです! 私は雅さんの娘です! しかもその娘は一生雅さんの側に居ます! 一生です!」
むしろその日が楽しみまである鈴だ。早くに両親を亡くした鈴にとって、雅の存在は本当に大きい。鈴だってたまには以前のように雅に思う存分甘えたいと思うこともあるのだ。
「なるほど。千尋も今や手のかかる息子みたいなもんだしなぁ。こりゃあたしが退屈になるのはまだまだ先だね」
「はい! 覚悟しててください!」
「ああ、そうするよ。こりゃ神森家が静かになる事なんて、この先一生無いのかもしれないね。まぁ、あんた達にまたいつ子どもが出来るかも分からないしね」
「え、そ、そうですか?」
「そうだよ。あんた達の戯け具合を見ている限り、絶対に二人じゃ収まらないよ。賭けても良い」
はっきりとした口調で言われて鈴はとうとう頬を染めて黙り込んだ。そんな鈴を見下ろして雅は声を出して笑う。
そんな事をしていると、炊事場の窓を誰かが叩いた。振り返るとそこには楽に抱かれて窓を叩く千隼と夏樹がいる。
「ママー、まだー?」
「まだー?」
その声に鈴と雅は顔を見合わせて笑う。
「ほら、呼んでるよ」
「ですね」
子どもたちに呼ばれて鈴と雅はそれぞれのお弁当を持って外に出て空気を胸いっぱいに吸い込むと、ふと隣で雅が空を仰いで言う。
「こりゃお昼寝日和だ」
「後で一緒にお昼寝しましょう!」
「そりゃいいね」
そうだ。皆でお昼寝の時間を設ければ良いのだ。そうすれば雅もお昼寝を我慢する事もないではないか。
鈴は雅の手をギュッと握って、まるで本当の親子のように雅の隣を歩いた。
庭では皆が地面にゴザを引いて昼食の準備を始めている。子どもたちは栄と弥七と野菜畑で何故か草取りをしていた。
鈴は雅と共に皆の元まで行くと、ゴザの隅っこに座ってそれぞれのお弁当の風呂敷を解く。そこへ千隼達が戻ってきた。
「ママー、お手伝いしてきたよ!」
「してきたよー」
「うー!」
「偉かったねー」
そう言って振り返ろうとしたその時、千隼と夏樹が鈴の背中に勢いよく飛びかかってきて思わず鈴はべしゃりと前倒しになってしまう。
「あーあー、あんた達、そんな汚れた手でベタベタ触って。鈴、大丈夫かい?」
「な、何とか。二人ともすごく重くなりました」
いつも抱っこしているから重さは分かっているのに、不意に飛びつかれるともう支えられないほど大きくなった子どもたちに思わず笑み溢れてしまった。
「二人ともお手々洗っておいで。ご飯だよ」
「はーい!」
「うん」
鈴の言葉に二人は噴水の所まで駆けていくと、何を思ったか噴水に手を突っ込んで手を洗っている。
「二人とも!?」
その水は綺麗ではないが!? 思わず膝立ちになった鈴を見て二人は慌てて水道に向かって走っていく。どうやら横着をしようとしたらしい。それが分かって思わず笑いを噛み殺していると、向かいで楽が肩を揺らした。
「成長してんなー」
「はい!」
呆れたような楽の言葉とは裏腹に鈴は笑顔で頷く。
子ども達は言う事を素直に聞くだけでは無くなってきた。言葉の理解も早くなり、思わぬ返事が返ってくる事も増えた。そんな成長を毎日見ることが出来るのはとても嬉しい事だ。
だから鈴は疑ってなど居なかった。この幸せがこれからもずっと続いていくのだろうと、そう信じていた。