「ええ、これからも共に都の発展に貢献していきましょう」
「はい!」
千尋の言葉に鈴は何の疑いもなく頷いた。そんな鈴達を見て栄と雅は顔を見合わせてため息をついている。
「この夫婦はあれだね。やっぱり似た者同士だ」
「全くだな。俺も心の底からそう思う」
呆れたようにそんな事を言う二人の顔は言葉とは裏腹にどこか嬉しそうで、鈴まで嬉しくなってしまった。
孤独だった頃の千尋を知る二人からすれば、千尋がこんな風に暮らしているのがとても嬉しいのだろう。
「雅さんと栄さんは千尋さまのご両親のようなものなのかもしれませんね。だってお二人は千尋さまの幸せをいつも願っているのですから」
ぽつりと思わず漏れた声を聞いて千尋は微笑み、雅と栄は引きつる。
「嫌だよ、こんな息子」
「俺も嫌だな」
「何故です? とても素直で良い息子ではないですか。なのでどうかこれからも私の幸せを願っていてくださいね、二人とも」
からかうように言う千尋にさらに二人は顔を歪めたのだった。
♧
初が目覚めた。初は何故かギシギシと軋む体をどうにか動かすと、ゆっくりと目を開ける。
そんな初を心配そうに見つめているのは千尋——ではなく、父親の兼続だ。
「お父、様」
掠れた声で呟くと、兼続は嬉しそうに笑み溢れてしわがれた手の平で初の頬を撫でてくる。
初は自分の置かれている状況が全く分からないでいた。ここがどこなのか、どうして自分は寝ているのか、そして寝室になぜ父が居て千尋が居ないのかも。
「私は、臥せっていたの?」
朧げな記憶を手繰り寄せようとするが、思い出そうとすると酷い頭痛がする。
そんな初に兼続は悲しげに視線を伏せて頷いた。
「ああ、そうだ。お前は臥せっていた。時間にすればさほどの時間ではないが、起こった事を考えるとそれはあまりにも辛い時だったかもしれないな」
一体どういう意味だ? 意味が分からなくて初は首を傾げつつ千尋の姿を探したけれど、彼はどこにも居ない。
「千尋は? 私が臥せっているのに見舞いには来ていないの? 献上物も何も無いわ」
初が寝かされているのは豪華だけれど殺風景な部屋だった。いつもであれば初が臥せったと聞くなりあちこちの高官から見舞いの品が届き、部屋が埋め尽くされそうになっていたというのに今回は何も無い。
それよりも気になるのは、どうしてこんな大事な時に番であるはずの千尋が居ないのかと言う事だ。
初の質問に兼続はますます悲しげな顔をして首を振る。
「何も覚えてはいないのか。そうか……」
「何もという事はないわ。私は千尋の番になったばかりなのよ。それなのに肝心の千尋が居ないなんて……ああ、あの人はまた仕事に明け暮れているのね?」
そう言って初は愛しい千尋のゾッとするほど美しい微笑みを思い出していた。
千尋はいつだって自分にも他人にも厳しい。
だからこそ、こんな時でもきっと仕事に明け暮れているのだろう。将来は誰からも王になるべきだと言われている水龍だ。それぐらいでなければ務まらない。
ところがいくら待っても兼続から肯定の言葉が聞こえてはこなかった。
そんな兼続を怪訝に思っていたその時、襖が音もなく開いて誰かが部屋へ入ってくる。
視線をそちらに移すと、そこには五月と琴音が何かを持って立っていて、初と目があった途端、二人は口の端を上げて微笑んだ。
「あなた達、何の断りもなく私の部屋へ入るなんて一体どういう了見なのかしら?」
声すらかけずに入室してきた二人に冷たい口調で尋ねると、二人はそんな初を無視して兼続に声をかける。
「兼続さま、本日のお薬湯ですよ」
「ちょっと! 聞いているの?」
どうして無視するのか、どうしてそんな見下したような顔をするのか、その意味が分からなくて初がいつもの調子で怒鳴ると、二人はこちらを見て薄く笑った。
「聞いていますとも、初さん」
五月はそう言った。初さん、と。それを聞いて琴音までおかしそうに嘲るような表情を浮かべる。
「不敬よ! 私を誰だと思っているの!? お父様! この二人を今すぐに処分してちょうだい!」
「初、すまないがそれはもう出来ない」
「なんですって!?」
体がギシギシと軋むが、初は体を無理やり起こして三人を睨みつけた。
「初さん、何も覚えてらっしゃらないのね。兼続さまがまだ話してくれていないのかしら?」
「それぐらいにしてやってはくれぬか。初はどうやら千尋と婚約した所で記憶が止まってしまっているようなのだ」
兼続の言葉に初は眉根を寄せた。何かがおかしい。自分は一体どうなってしまったのだろう? その答えを知りたくて初はまっすぐに父親の顔を見ると、兼続はスッと初から視線を逸らす。