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第525話

「いや、流石にここで円環とか出すの止めてくださいよ?」

「ああ、これは失礼しました。ついうっかり琢磨を矢で射抜く所でした」


 流石の琢磨もそんな千尋を見て視線を伏せるとため息をつきながら言う。


「……何故だ。何故人間などと……俺はお前は次の王になるとばかり思っていたのに、何故流星なんだ……」

「おかしな事を聞きますね。人間であろうとなかろうと彼女が運命の番だったからですよ。それに王にはならないとあれほど否定してきたでしょう?」

「あれはただの冗談だと思っていたんだ。お前のことだ。どうせそう言っているだけだと」

「もう一度言いますが、私がただの一度でもあなたに冗談を言った事がありましたか? 私は王に向いていません。それは千眼の家に売られた日から思っていた事です」

「そうなんですか?」

「ええ。一応想像してはみたのですよ? 自分が王になったら何をするだろうか、と。そうしたら答えはいつも同じ。龍を滅ぼそうという考えに行き着くのですよ」


 笑顔を浮かべて言う千尋を見て、梨苑が顔を引きつらせる。


「冗談……じゃないですね。ええ、知ってます。あなたが大の龍嫌いだと言う事は」


 諦めたように誰よりも先におにぎりを食べ始めた梨苑を見て、千尋はついさっき琢磨が薙ぎ払った鈴の弁当を拾い上げるとそれを自分の風呂敷に置いた。


「食べるのか」

「もちろんです。これは愛妻弁当ですから。それが誰に宛てた物であろうと無駄にはしませんよ」


 何せ鈴が作ったものなら落ちたおにぎりまで拾って食べる千尋だ。無駄にする訳がない。


 そんな千尋を見て琢磨はとうとう諦めたように手を伸ばしておにぎりを一つ取ろうとしたので、その手を千尋は叩いた。


「な、何故叩くんだ!」

「一度捨てた物を取り返そうだなんて、虫が良すぎると思いませんか? そもそも私は本音を言うと鈴さんの手料理を誰にも食べさせたくなどないのです。むしろあなたが捨ててくださって良かったとさえ思いますよ」

「……やっぱり。わざと煽ったんですね。琢磨さん宛てのおにぎり目当てですか」


 白い目を向けてくる梨苑に千尋は当然だとばかりに頷いた。何故鈴の手料理を人間嫌いの琢磨などに食べさせなくてはならないのだ。


「当然です。鈴さんには内緒にしておいてくださいね」

「……はい」


 渋々頷いた梨苑を横目に、千尋はおにぎりを齧って目を細めた。その様子を琢磨が悔しそうに眺めている。


「美味いか」

「ええ、とても。今や都一と呼ばれる狐の師匠に料理を習っているのです。当然でしょう?」

「狐の師匠? そう言えばお前は地上から使用人ごと連れて来たのだったか」

「使用人ではありません。家族です。ようやく私が手に入れた大切な家族です。そして私に家族を与えてくれたのが鈴さんです」


 鈴が居なければ今の神森家ではなかっただろう。


 神森家は千尋が外側を作り、中身を鈴が作ってくれた大切な箱庭なのだ。


 その言葉にとうとう琢磨が黙り込んだ。千尋の生い立ちや千眼の家で受けていた扱いを全て知っているからだ。


 千尋が家族というものに並々ならぬ思いを抱いていた事を、琢磨が知らない訳がない。


「……他には無いのか。俺への土産は」

「ありますとも。まずは本です。読むかどうかは分かりませんが、私と妻の最近のお気に入りです。それから妻の作ったお菓子とハーブティーです。どうぞ」


 千尋が机の上に本が入った風呂敷と鈴が持たせてくれた土産を置くと、琢磨は何とも言えない顔をして今度はそれを受け取った。


「妻ばかりだな……」

「ええ。今や私の世界の中心は妻と家族なので。あなたも他の方達もその周りをただ回っているだけに過ぎませんよ」


 はっきりと言い切った千尋を見て琢磨が何を思ったのかは分からないが、苦笑いを浮かべる。


「そういう所は以前のお前のままか。どうやら誑かされた訳ではないようだ。初姫達の話では千尋が人間に誑かされたと言っていたが、やはりお前は昔のままか」


 その言葉に千尋は眉根を寄せた。どうして初の話がここで出てくるのだ?


「琢磨、あなたもしかして初から何か連絡を受けたのですか?」

「ああ。ほんの一週間前だ。手紙と鏡が届いてな。俺が寝ている間に全て終わっていたから現王と前王のどちらが正しい事を言っているのかと思い、こちらから連絡をしたんだ。王は随分とやつれていたが、初姫は達者そうだったぞ」

「まさかとは思いますが、今日の事を初達は知っているのですか?」

「知っているとも。近々千尋と話した方が良いと提案してきたのは初姫だ」


 それを聞いて千尋は顔色を変えて立ち上がった。梨苑もそれを聞いて青ざめて早口で言う。


「千尋さま、俺が残ります。すぐに戻ってください」

「ええ、任せます」


 それだけ言い残して千尋はすぐさま琢磨の屋敷を飛び出した。まさか初達が既に琢磨と接触しているとは思ってもいなかった。やはり安易に鈴の側から離れるべきではなかったのだ。


 背中に琢磨の怒鳴り声が聞こえてきたが、千尋はそれを無視して屋敷へと急ぐ。 どうか何も起こってはいないように、そんな願いを込めて空を泳いでいると、耳元の鈴がチリンとか細く鳴った。


 ハッとして地上に下りて耳飾りを見ると、鈴が2つに割れている。それを見て血の気が引く。


「……鈴さん!」



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