目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第60話 行くことになった

「では、自分が…… 屋上に、案内……」


〈ウチも見送るわ!〉


 ガドちゃんが鷹人族ハビフトに別れを告げるのを待ち、俺たちは、コモレビ姫に蔓のゴンドラで屋上 ―― すなわち、世界樹のてっぺんに連れていってもらう。

 そこは、枝が固く絡まりあっており、意外なほど広かった。

 行きに着地したときには、急いでいて気づかなかったが…… 屋上というより、もはや草原だ。

 遠く、地平線のようにも見える緑のフチを赤く染めながら、朝日が昇ってくる。長い夜だったな……


「《神生の大渦》」


 俺は、オーバーチュア超音速機を出現させた。特殊な飛行方法で、爆音をセーブして飛ぶことができる、アメリカの大統領専用機だ。


{わーい! キタのです!}


 ぷっぴょん ぷっぴょん!

 鋭いナイフのようにスマートな機体を、跳びはねて歓迎するイリス ―― 本当に好きなんだな、速い乗り物が。


「じゃ、次にあうのは、会議だな」 {またなのです、ゼファーさん、コモレビさん!}


「はい…… また……」


「ふん。小娘どもにも、苦労をかけてしまったな」


〈ほんまやで、おっちゃん!〉


 俺とイリスがガドちゃん 《吊り下げ式ガラスドーム入り》 を連れ、ゼファーとコモレビ姫に見送られてタラップを登ろうとしたとき。

 もうひとりのエルフの姫が、息を切らしながらかけよってきた。


「お待ちください、リンタロー様…… イリス様……」


{ルンルモさん!}


「見送りに、来てくれたのか?」


「はい…… おふたりと、ゼファーさんに…… お礼に、これを」


{わあ! きれいなのです!}


〈えええ!? こんなん、ええの!?〉


 ルンルモ姫が渡してくれたのは、濃いはちみつのような色の宝石だった。不思議なことに、日の光を透かすと青く変わる…… 微妙な色合いが、南のほうの海みたいだ。

 ゼファーとイリスは、吸い寄せられるように宝石を見つめている。


〈世界樹の琥珀やん!〉


{こんな、貴重そうなのを、わたしたちに……? いいんですか!?}


「はい…… エルフの、宝です…… からだに埋めこむと…… 魔力を大幅に、増幅します……」


「え。埋めこむのはちょっと」


「心配いりません…… このルンルモも…… コモレビも…… 同じです…… 〖\&]|}´!〗」


 問答無用の世界樹の魔法で宝石が消え、かわりに、俺たちの手の爪の色が微妙に変わる。


{わあ! 爪が、光で青っぽくなるのです!}


「なんか、落ち着かないな」 


〈ええやん、もろときぃや、リンタローはん。めったにないんやで?〉


{リンタロー様とゼファーさんと、おそろいなのです!}


 まあ…… イリスが喜んでいるから、いいか。

 コモレビ姫が申し訳なさそうに頭をさげた。


「ごめんなさい…… 姉が、強引に……」


「いいよ。貴重な宝を、ありがとう」


「はい…… これで、いつでも、自分と姉は…… リンタロー様の…… みなさんの、もとに…… 転移できます…… 世界樹の、力です……」


「へえ…… それは、すごいな」


「もし…… なにかあったときには…… 心で念じて、呼びかけて、ください……」


{それ、一緒にお茶をしたいときでも、いいですか?}


 イリスの問いに、ゼファーは 〈ええなあ、それ!〉 と大賛成し、コモレビ姫は 「ぜひ……」 と笑顔を見せ、ルンルモ姫はしとやかにエルフの礼をとったのだった。


{ゼファーさん、コモレビさん、ルンルモさん! ではまた、なのです!}


〈ほなまたな、イリスはん、リンタローはん〉


「また…… リンタロー様……」 「イリス様…… また……」


「ああ、また」


 俺たちがオーバーチュア超音速機のコックピットに乗り込むと、イリスがさっそく、シンクロを開始した。

 パネルに手を置いたイリスの全身から、濃縮された輝く魔素マナが立ちのぼる。色味が黄~青のグラデーションになってるのはきっと、手に埋めこまれた世界樹の琥珀の効果だな。

 そのおかげか、同化シンクロの速さも、上がっているようだ。


{…… 同化シンクロ率 95%、同化シンクロ率 100%…… 行くのです!}


 遠く、学院を目指し。

 オーバーチュア超音速機は朝焼けのなか、吸いこまれるように飛び立った。


∂º°º。∂º°º。∂º°º。


「おおう、リンタローにイリスにガドちゃん! お帰りなさい、なのじゃ!」


{アルバーロ教授! ただいま、なのです!}


「ただいま、アルバーロ教授」


 西エペルナ学院の、特殊生物学研究棟、跡地 ―― 

 朝も遅い時間に戻ってきた俺たちを、山猫のような少女は、飛びつくようにして迎えてくれた。

 俺はさっそく、アルバーロ教授のために研究棟を建て直す。


「《建築物》 ―― 研究棟、錬成開始 《超速 ―― 1000倍》」


 ごごごごごごごごっ……

 崩れた瓦礫が目にも止まらぬ速さで修復され、新たに運びこんだ資材とともに、建物の形に組み直されていく…… 加速しているとはいえ、すごいスピードに、俺自身がびっくりだ。

 寝不足だったはずなのに、あまり疲れも感じないし…… これが、エルフからもらった世界樹の琥珀の効果か。

 俺の魔力が、増加されているんだな。


 ピロン!


 俺にしか聞こえない、AIの通知音が響く。


【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが40になりました。MPが+681、技術が+543されました。特典能力 《神生の大渦》 の使用回数が23になりました。MPが全回復しました! 採取スキルがlv.5になりました。採取スキルは、これ以上あがりません。特殊スキルとして 《拡大鏡》 が付与されました。《超速の時計》 時間停止の持続時間が20秒延長されました。称号

《生命の錬金術師》 が付与されました。レベル40到達特典として 《特許収入の財布》が付与されました!】


 《特許収入の財布》? なんだ、それは? 


【リンタローが錬金術で新しいものを作った場合、自動的に特許登録がなされ、以後、どこかの錬金術師が同じものを作るたび、使用料が財布に入ってきます】


 微妙だな……

 使用料がもらえるのはありがたいが、そんなに収入があるとは思えない。そもそも錬金術師じたいが少ないしな、この世界。


【『正しいこびとの作り方』という本を書くのが、計算上はいちばんのオススメです】


 いや、やめとくわ。


【wwww】


 アルバーロ教授が、コテージの簡易キッチンから、身体以上の大きさの…… コカトリスの丸焼きが乗った皿を頭上にかつぎ、ひょこひょこと研究棟に向かって歩いていく。


「さあ、新しい食堂で、朝ごはんじゃ! お主らを待つあいだ、焼いておったのじゃ!」


{いいですね!}


 ぷっぴゅん!

 イリスがアルバーロ教授の先頭にとんでいって食堂のドアを開けた……

 とたんに上がる、歓声。


{わあっ、素敵なのです!}


「ふむう! なかなか、いいのじゃ!」


 アルバーロ教授も満足そうだ。

 食堂は、前世で勤めていた病院の、ホスピタリティーとかでやたらオシャレだったカフェをイメージしてみたんだが…… 喜んでもらえて、よかったな。


 それから俺たちは、こうばしく焼けたジューシーな肉を美味しくいただきながら、今後のことを話しあった。

 まずは、ピトロ高地鳥人自治区に導入する新しい作物について。

 カカオかコーヒーを当地の気候に合うよう品種改良をしたい、と俺が話すと、アルバーロ教授が植物学の助手を紹介してくれることになった。

 なんでもその植物学助手、植物の合成に凝って学園内の温室を危険なトンデモ植物でいっぱいにしてしまったそうだ。

 そのせいでクビになるところを、アルバーロ教授が救ったのだという。


「じゃからな、彼奴かやつは、それがしの頼みなら、なんでも聞いてくれるのじゃ!」


「そんな人に、品種改良を頼むのか…… いや、ありがたいが」


 本当に、大丈夫なのかな……


 そして、もうひとつの問題は ――

 ガドちゃんと鳥人の、ォロティア義勇軍マフィアからの離反について、である。

 前世でも、裏社会の組織は裏切りに厳しいのが常識だった。それを許していたら、犯罪組織はあっというまに崩壊してしまうんだろう。

 ォロティア義勇軍マフィアも、同じだ…… やつらが、ガドちゃんと鳥人を見逃すとは、とても考えられない。


「制裁への対策と、義勇軍がを拡散するのを止める…… いちおう、この研究棟は建て替えついでに、顔認識機能をつけてみたんだが」


「ありがたいが、リンタロー。まあ、やつらに本気だしてこられたら、勝てぬじゃろうのう……」


「だよな」


 食卓が、しーんと静かになる。

 数秒ののち。

 ガドちゃんが、人形用の小さな皿から顔をあげた。


「…… ドゥート皇国は、どうであろう」


「ドゥート? ここ西エペルナ学院の、すぐ北だな」


「さよう…… かの国は、いまの女帝の代以前よりずっと、義勇軍を支援しておる」


{そういえば、ガドちゃんが 『義勇軍は決して悪ではない』 のを知りたければドゥートへ行け、って言っていたですよね?}


「さよう。ドゥート皇国は支援の理由を決して明かさぬが…… 割に合っておらぬことは、たしかだ。義勇軍に裏の仕事を多少、頼んだところでタカが知れておろう」


「つまりガドちゃんは、支援に、なんらかの正当な理由があると、思うんだな?」


「ふん…… まあ、その理由は知らぬがな」


「ドゥートか……」


 正直なところ俺は、ォロティア義勇軍に正当な理由があるかには、あまり興味がない。理由を知ったところで、の拡散は許せるものではないからだ。

 だが、ドゥート皇国へ行けば、あわよくば義勇軍への資金提供を止められるかもしれない。それが無理でも、せめて義勇軍の内情がわかれば…… これからの戦いに有利に働くだろう。


「よし、行ってみるか」


 俺はしばらく考えたすえ、結論を出したのだった。


 ―― このとき、俺はまだ、知らなかった。

 ォロティア義勇軍の動きは、俺が想像している以上に、素早かったということを……


(第4章 了)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?