「きみたち、奴隷狩はやめたんじゃなかったのか…… 今度は、
「違う」
俺が質問すると、ジャンは苦々しい表情になった。
その隣でギルが、憤然と叫ぶ。
「やつらは、裏切り者なんだぞ!」
「裏切り者……? どういうことだ?」
「「…………」」
ジャンとギルは、網で身動きできないまま、お互いをうかがっている。言っていいか迷ってる、ってとこだな。
やがて、ジャンがためいきをひとつ、ついた。
「……やつらは、ボスから離反し、ォロティア義勇軍を抜けた連中だ……」
「いや、離反って…… 魔族を奴隷にして売ろうってのが、見え見えだったが?」
「ォロティア義勇軍は、奴隷ビジネスはやめたんだぞ! いっしょにするな、だぞ!」
{なに言ってるのですか!?}
「んぶっ……!」
「うぷっ…… ぶぶぶ」
ギルとジャンの顔面に、イリス怒りの分裂ぷっぴゅんが貼りついた。
{昔は奴隷狩りしてたくせに、お詫びもせずに堂々としないでください、なのです!}
「うぶっ…… ぶぶぶぶ……」
「……っ! ぐぅっ……」
まずい。ギルもジャンも、酸素を失って紫色になってきている……
「それくらいにしとこうか、イリス。こいつらはあとで、アシュタルテ公爵に送ってやるから」
{それなら、いいのです}
ぽにゅん
イリスがふたりの顔から離れ、少女の姿に戻る。
『アシュタルテ公爵』 の名に、ふたりぐみは目に見えてひきつってるが…… まあ、自業自得だよな。
「で? 仮に、やつらが本当に離反してたとして、どうする気だったんだ? 仲間にくわえてもらうのか、それとも、引き戻すのか?」
「違う」
ジャンの眉間のしわが、さらに深くなる。
「制裁だ」
「ああ、なるほどな」
裏切り者には死を、ってやつだな。こういう組織あるあるだ。
そうすると、鳥人とセンレガー領はやっぱり、かなり運が良かったと言わざるを得ないな…… ちょうど、あの周辺に見切りをつけたォロティア義勇軍の本拠地移転とタイミングが重なったおかげで、見逃されたんだろう。
それに、事情は少々異なりそうだが、ドゥート皇国も ―― グロア女皇はォロティア義勇軍との長年の契約関係を打ち切って、権力を守るための踏み石にした。それがあっさり許されたのも、あのタイミングだったからだろう。
―― いや。
もしかするとグロア女皇と義勇軍の間には、まだ俺の知らない裏取引があるのかもしれないな。
たとえば俺とイリスを竜神族との交渉にあてる一方で、魔石の存在を義勇軍にも漏らしているとか ――
「…… ところで。きみたち、どうして俺がここにいるか、知ってるか?」
念のためにきいてみると、ジャンは 「けっ」 と吐き捨て、ギルは 「お、おまえ、俺たちのストーカーだぞ?」 と見当違いの返事をした。
どうやら、俺が魔石の採掘交渉のために来ていることは、知らないみたいだな。
―― 俺が確認したいのは、こんなところか。
「よし、じゃあ…… 《縮小化》 あと 《錬成陣スキップ》 ―― ワイヤー入りスノードーム、錬成開始 《超速 ―― 200倍》 錬成終了」
「お、オニだぞう!」
「あんた、ひとの心、ないだろ?」
縮小化されてスノードームに入れられたギルとジャンが、なにか言ってるが ――
「君たちにとって、ひとの心が、そんなにキレイで優しいものだってのが驚きだな」
俺はギルとジャン入りのスノードームを、アイテムボックスに収納した。
「さて、イリス。今夜は、このあたりでキャンプするか」
{わあい! お魚、釣るのです!}
俺とイリスはそれから、てきとうな空き地に携帯用コテージとキッチンを出し、魚を釣って刺身にして炊きたての米の上にのせて海鮮丼にし、船長にもらった梅酒で乾杯して食べて、寝た。
翌朝 ――
{リンタローさま、起きてください、なのです!}
「すまん、イリス…… あと10分」
{今日は、竜神族さんのところに、魔石採掘の交渉に行くのですよ! はやく起きて、お風呂にはいって、キレイにしていかなきゃ、失礼なのです!}
「ええ…… そんなの気にするかな、竜神族」
{とにかく、です! 起きないと…… こうですよ?}
ぷにょん
やわらかな感触が、俺のほおにあたった。
なんかビーズクッションぽくて気持ちいい…… どっちかというと逆効果だな、イリス。
ずっと、眠っていたくなるというか……
{あれ? リンタローさま? もしかして、克服したのですか……!?}
「ん? なにを……」
なにをそんなに喜んでるんだ、イリス……?
薄目をあけたら、なんか、イリスの顔がふたつのクッションのすぐ向こうからのぞいて…… る……?
「ぅわっ…… あ。すまん、イリス」
俺は目を閉じてしばらく息を止め、気持ちを落ち着ける。過呼吸の予防法だ。
―― ここにいるのはスライムさんで、断じて人間女性ではない。したがって、俺にいま押しつけられているのは○○○○などではなく、変形した驚異のスライムボディーにすぎない……
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫
俺は、イリスなら耐えられる……!
よし、いくぞ。
「おはよう、イリス」
銀の髪がかかる細い肩に腕をまわす。
{リンタローさま! おはようなのです!}
「うん。起こしてくれて、どうもありがとう」
そのまま、イリスを引き寄せる。
俺がいまにも死にそうだからといって、乱暴にしてはいけない。
優しく、丁寧に……
スライムさんのこれまでの献身の数々が、走馬灯のようによみがえる。
涙が出そうだ。
{リンタローさま!}
「おかげで、すっかり目が覚めたよ」
身体をひねって、イリスをベッドに押しつける。
{そんな、どういたしまして、なのです……っ}
あとひといき。
再度、呼吸を少し止めて気分を落ち着けて……
俺は、なるべく爽やかさを意識して感謝の笑みを作った。
「そういうわけで、シャワーあびてくる」
{あ…… じゃ、じゃあ…… わたしは、朝ごはん、作るのです}
「ありがとう、イリス。イリスは最高のスライムさんだ……!」
{そんな、です…… おふろ、ごゆっくりなのです}
やりきった……!
俺はバスルームに逃げ込み、ぬるめの湯を頭から浴びながら呼吸を整え、達成感に浸ったのだった。
朝食のあとは、いよいよノルドフィノ高地だ。
魔族でさえ、あまり足を踏み入れることのない竜神族の秘境 ―― ちょっと楽しみだな。
「《神生の大渦》」
携帯用コテージとキッチンをアイテムボックスにしまってできた空き地に、俺はチート能力であるものを出した。
ノルドフィノ高地は切り立った
行こうと思ったら空を飛ぶよりほか、ないのだ。もちろん、ヘリコプター…… に、なるのだが。
イリスにシンクロ操縦してもらうこと確定なんだから、そっち向けにカスタマイズすればいいのだ。
そういうわけで、俺がまず出したのはヘリコプターそのものではなく、大量のスライムボディーだった。
―― では、錬成を始めよう。
「《錬成陣》 ―― 中心に
いちから錬成陣を描くのは、久々だな。
まあ、こういうのこそ、錬金術師の腕の見せ所 ―― なにしろ錬金術でヘリコプターを作るなんて、この世界でも初めてだろうから。
「…… 外縁、
空き地いっぱいに、錬成陣が広がる。
俺はその中央に、さっきチート能力で出したスライムボディー、それから、昨日ギルとジャンをとらえるのに使った多層
「《ヘリコプター、錬成開始》 ―― 《超速 10000倍》」
錬成陣から無数の光が天を目指し、景色をまぶしく照らす。そのなかで、スライムボディーと多層
およそ10分ののち。
空き地の真ん中には、朝日を浴びて輝く、黒い機体があった。
多層
「汎用ヘリコプター型飛行兵器 人造スライム・エヴァ…… じゃなくて。なんて名前にする、イリス?」
{へ? わたしが名前つけて、いいのですか?}
「うん。イリスがシンクロしやすいように作ったヘリだからな。まあ、イリスのものだ」
{リンタローさま! 嬉しいのです!}
イリスにきゅうっと抱きつかれ、俺は反射的に息を止めたのだった…… いける。これなら、耐えられる…… というのは、さておき。
{名前、リンリン3号で、どうですか?}
「別にいいが…… 1号と2号は、どこ行ったんだ?」
{てへ}
ヘリの名前は 『リンリン3号』 に決まった。
―― ピロン!
俺にしか聞こえない音をAIが響かせる。
【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが45になりました。MPが+165 、技術が+148されました。特典能力 《神生の大渦》 の使用回数が25になりました。MPが全回復しました! 鍛冶スキルがlv.5になりました。鍛冶スキルは、これ以上あがりません。特殊スキルとして 《九重錬成》 が付与されました。《超速の時計》 時間停止の持続時間が20秒延長されました。称号 《超絶技巧士》 が付与されました。レベル45到達特典として 《マイスターの服》 が付与されました!】
スキルレベルも、もう45か ―― MPや技術の伸びはそろそろ頭打ちだが、かわりに特殊スキルや特典なんかは大盤振る舞いだな。
特殊スキル 《九重錬成》 は同時に9個まで錬成陣を展開できる。称号 《超絶技巧士》 は技術の値が+500底上げされるし、特典の 《マイスターの服》 は、炎・氷耐性、斬撃耐性、衝撃吸収機能までついた優れものだ。
戦闘でもかなり有利になりそうだな…… と、ついそう考えてしまうくらいには戦闘慣れしたが、俺は本来、平和に生きていきたいだけなんだよな、ほんとに。
{じゃあ、さっそく乗ってみるのです!}
「うん、行こう」
イリスと俺がヘリ・スライム 『リンリン3号』 の横に立つと、ドアが自動で開き、タラップが降りてきた ―― まじか。
まさか、もう、シンクロしている…… ?