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第80話 再会したのだった

「本日の前菜は 『ヤパーニョ沖で獲れた赤エイの炙りエイヒレ、潮風ファンガスオバケきのこを添えて』 でございます。ヤパーニョ産の梅酒とともに、お召し上がりください」


{いただきますです…… ………… ふっわぁぁぁ……! 最高なのです!}


「おそれいります」


 梅酒をのんだイリスから、ほんのり赤いグリッターが漂い、給仕してくれている船長がうやうやしく頭をさげる。


 航海も5日目 ―― 

 乗っ取り騒ぎからこのかた、船のなかは意外なほど平和だ。

 死体になりかけていた船長も順調に回復していっている。

 一方で乗っ取り犯たちは、俺の特殊スキルで全員ミニサイズにし、空気穴つきガラスドームに収納。

 多少の尋問も試みたが、ォロティア義勇軍との関連はよくわからなかった。

 かたくなに 『あんな腰抜け連中とは関係ない』 と言い張るところをみると、なにか繋がりはありそうなのだが…… まぁ、あとで全員まとめてアシュタルテ公爵にでも回してしまえば、なんとかしてくれるだろう。


 ―― ともかくもいまは、船で最後のランチである。

 船は夕方にはバフォマ港 ―― 俺とイリスの目的地であるノルドフィノ高地最寄りの港に着く。

 そうすると今度は 『クソ気難しい』 とか 『とにかくマイペースすぎて話がまったく合わない』 といった評判しかない竜神族との交渉が待っているわけで……

 最後に心のこもった料理でゆっくりできるの、まじで有り難い。

 イリスも俺と同じ思いなんだろう。

 エイヒレとファンガスオバケきのこ、梅酒を目を閉じて味わっている。ちなみにファンガスオバケきのこは、松茸から独特のクセを抜いて、より芳醇なかおりをつけた感じで…… とりあえず、うまい。


{はあううう…… おいしいのです…… 船長さん、とっても親切なのです!}


「喜んでいただけて、なによりでございます…… ですが、まだまだ。これからでございますよ」


 船長の予告どおり。

 水竜ヒュドラのビスクスープにクラーケンの刺身、巨大蟹カニボーズのグラタン、と珍味が続く。

 そのたびに 『バフォメット伯爵領のバフォマワインコンテストで◯年に金賞をとった白ワイン』 といった壮大な肩書きのつくワインが出てくるので、イリスから漂うグリッターはもうすっかり、きれいな赤のグラデーションに染まっている。

 下船後は少し休まないと。すぐ交渉には行けそうもないな……


「ラストは、僕の故郷、フィジスト島特産の巨大海牛グルーンのギュードンでございます」


「ギュードンだって?」


「はい。ヤパーニョ産のコメをふっくら炊きあげ、味つけもヤパーニョ産の調味料で甘辛く仕上げました。上に温泉タマゴをのせておりますので、崩しながらお召し上がりくださいませ」


 まさかと思ったが、でてきたのは牛丼だった。

 最後に食べたのは転生前だったが…… こんなところで、お目にかかるとは。


{ふぁぁぁぁ! おいししょうなのでふ!}


「ちょっと待て、イリス。魔族は牛、食べなかったんじゃなかったか? 仲間ミノタウロスがいるから」


「それは、ご心配には及びません」 と、船長が笑う。


「こちらは巨大海牛グルーンと申しまして、れっきとした海産物でございますので」


「へえ…… じゃ、まあ、いただくとするか」


{ひゃい! いただきましゅのでふ!}


 問題の味は、まじで牛丼だった。飲みこむのが惜しくなるようなうまみとコクを、バランスのよい甘じょっぱさと温玉が優しく包む……

 懐かしさに涙ぐんでしまいそうだ。久しぶりだな。

 イリスも口に入れた瞬間から、顔がほんわりしてる……


{おいしいのでしゅ! ね、リンタローしゃま!}


「うん、うまい」


「おそれいります」


 船長が説明してくれたところによると、巨大海牛グルーンの飼育は100年ほど前にフィジスト島船長の故郷を訪れた異世界人が始めたのだという。

 ギュードンもその異世界人によって伝えられたそうで、この大陸東海岸部の3大珍味なのだとか。ちなみにほかの2つが、赤エイのエイヒレとクラーケンの刺身だ。


「味のいい巨大海牛グルーンの飼育は、細かな餌管理と温度管理が重要ですので、大変に難しいものでございます。そのぶん、お土産などとしても大変に、ご好評いただいております」


「おっ、それ、いいな」


 これから交渉することになる、ノルドフィノ高地の竜神族へのお土産にぴったりだ。


「船内のショップには、旨味うまみあふれる燻製巨大海牛グルーンなども、ございます」


「あとで買いに行くよ」


「でしたら、もちろん、ご入り用なだけプレゼントさせていただきます! 船を救っていただいたお礼です」


「この食事だけで、じゅうぶんなんだが」


「いえいえいえ。それでは、こちらの気が済みませんので……」


 押し問答のすえ ――

俺とイリスのぶんだけ船長からプレゼントしてもらうことになり、俺たちはデザートのあと船内ショップに出掛けて買い物を楽しんだのだった。


 やがて船は減速し、ゆっくりと向きを変えた ―― バフォマ港についたのだ。

 海鳥の声に迎えられ、船が桟橋さんばしに停まる。


「行ってらっしゃいませ」 「お帰りにもぜひ、当船を……!」 「VIPルームをご用意して、お待ちしております」 「こちらバフォメット領特産のプレミアム・ワインセットでございます」 「こちらは、ヤパーニョで特別製造された梅酒です。よろしければ、ぜひ……」


 俺とイリスは、船長とスタッフたちに過剰なほど丁寧に見送られながら船を降りた。

 降りたのは、俺とイリスのふたりだけ。

 入れ違いで乗客になるためだろうか。桟橋で船を待っていたのも、ふたり。

 やたらとでかい赤毛と、灰色の髪の細身のふたり組だ ――


「「「{ あ }」」」


 お互いの顔を見た、俺たち4人の声が重なった。

 でかいのが身構える。


「な、なんで、おまえらがここにいるんだぞ!?」


「ああ、もとに戻ったのか。シワシワにしぼんだままにならなくて良かったな、ギル」


 問答無用で空中から青く光る剣 ―― エクスカリバーを引き抜くのは、勇者のジャンだ。エクスカリバー、前に跡形もなく崩れたはずだが…… ちゃんと修理できたのか。


{リンタローさま!}


 ぷっぴゅん!

 イリスもすかさず、エクスカリバーの姿になり俺の手におさまる。

 ジャンはエクスカリバーをかまえたまま、俺に尋ねた。


「船内で、騒ぎが起こらなかったか?」


「あの死霊使いネクロマンサーたちのことか? ォロティア義勇軍の関係者だったんだな」


「…… やつらをどうした?」


「つかまえて縮小化してガラスドームに放り込んでアイテムボックスに入れてるが」


「よこせ」


 ジャンの細い身体が宙を舞う。

 間合いを詰め、頭上から振りかぶる一撃…… 横に一歩。避けた脚を軸に回転し、俺はイリス 《エクスカリバーの姿》でやつの胴を狙う……!

 ジャンが大きく後ろに跳んだ、そのあとをイリス 《エクスカリバーの姿》 が通りすぎた。

 空振りはまあ、予測済み…… だが、ジャンが着地したその場所には、待ち受けているのだ。

 俺が張っておいた、錬成陣が……!


「《多層CNTヤーン網、錬成》 ―― 《超速1000倍》!」


 光沢のある黒い糸が無数に、ジャンの骨ばった身体に絡みつく…… 脚にも、エクスカリバーを持ったままの腕にも。


「くっ……」


「おとなしくしといたほうがいい。もがくと、皮膚が切れる」


「あ、兄貴ぃぃぃっ!」


 駆け寄るギルの足の下にも、錬成陣が広がる……


「《超速1000倍》」


「うわっ……!」


 地面から黒い糸が生き物のようにのび、巨体にまとわりつき、とらえる……!

 どぉんっ……

 重そうな身体が倒れ、地面が揺れた。


「ひっ、ひどいんだぞ……! いたっ……!」


「だから動くな、って。絶対に破れないし、剣でも糸、切れないから」


「エクスカリバー!」


 ジャンが叫ぶ。見れば、その手のなかのエクスカリバーは、青い光を失って普通の剣のようになっていた。


「もしかして…… 糸が斬れなくて、自信喪失したのか?」


 ぴきっ……

 ジャンのエクスカリバーに、かすかにひびが入る。


「ああ、その。気にするな、本家エクスカリバーさん。鋼鉄の約20倍の強度の多層CNTカーボンナノチューブを紡いだ糸で作ったあみだから…… まあ、斬れなくて当然だ」


{試してみるのです!}


 イリス 《エクスカリバーの姿》 が糸に刃をあてる。


「よせ、イリス。ケガするぞ?」


{ううううん…… ふぅぅぅぅっ…… やぁぁぁぁあっっっ!}


 まだ、昼の酔いが残ってるのか…… イリス、なかなか諦めない。

 10分後 ――


{んんんんんんんんっ!}


 ぷちっ……

 ついに、糸が1本、切れた。


{やった! やったのです! 斬れたのです! リンタローさま!}


「ああ、良かったな」


{ほら、本家さんも! がんばったら、きっと、斬れるのですよ! ファイトです!}


 ぱきっ……

 本家エクスカリバーは、まっぷたつに折れてしまった。


「エクスカリバー!」


 ジャンが再び、悲鳴をあげるが…… まあ本家エクスカリバーも修理直後病み上がりだったわけだし。激励されてもツラいだけ、ってときもあるの、よくわかる。



「―― さて、それで? ここに来た目的は?」


 俺は改めて、ギルとジャンのふたり組にたずねた。


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