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第79話 合理的に解決してみた

 イリス+俺 《フツメン魚人の姿》 は、見張りにおどおどと声をかける ――


「ただいま、戻りました」


「おう…… ん? おまえ…… おれぁ、言ったよな? 乗組員どもを、みんな集めろ、ってな? ああ?」


 見張りがイリス+俺 《フツメン魚人の姿》 に詰め寄った。制服の襟首を、つかまれる。


「ん? なんか、ぷるっとしてるような……?」


「あ、汗をかいております…… その、緊張で」


 見張り、不審そうだな…… 

 もしかして、イリス+俺が偽物の乗組員スタッフだと、気づいたのか?

 だとすると、まずい。

 俺はそっと見張りの顔をうかがった。


「ふんっ、まあ、いい!」


「す、すみません」


 よし、なんとか切り抜けた……


「まったく、おまえらが化け物じみてるのは、外見だけだよな」


「す、すみません……」


 見張りの目に浮かんでいるのは、優越感と侮蔑。

 魔族のほうが本当は人間なんかよりよほど強い、とは、考えたこともなさそうだ。 


「で? 乗組員どもは、どこにいるんだ? ああ!?」


「あの。それぞれ、業務中ですので、1時間後に集合と、通達してまわりましたので……」


 ぷしゅぅぅぅぅっ


 俺は言い訳しながら、見張りの顔面に赤い霧臭素を吹きつける…… 至近距離で、悪いな。


「う 「静かにしてくれ」


 俺は咳きこもうとする見張りの口を手で封じ、倒れてくるのを支え、ゆっくりと座らせた。

 ―― しっかり、気絶しているな。

 さて。

 見張りの手足をガムテープで縛ったら、いよいよ、操舵室そうだしつのなかだ ――

 最初と変わらず、かじの前に船長の魚人と監視員が3人。倒れているスタッフがひとり。

 だがよく見れば、かじのまんなかの部分が、俺にむかってしきりにウィンクしている…… イリス 《分離体》 だ。

 ガスマスク変身の準備OK、ってことだな。

 よし ―― 俺はイリス 《分離体》 と目を合わせ、うなずいた。


 ぷっぴょん! ぷっぴゅん!

 しゅううううううううううう……


 イリス 《分離体・ガスマスクの姿》 が、船長とスタッフとの顔全体をしっかり覆う。

 同時に俺が、赤い霧を操舵室に満たす。


「!?」 「ぅげぇぇっ」 「げほっ…… かはっ……」


 3人の監視員は次々と、激しく咳き込み、血を吐きながら倒れていった。

 ―― あとは、客室を制圧したときと同じ。

 俺とイリスは、魚人マーマンの着ぐるみ状態をいったん解除。

 倒れた連中を、ふたりで協力してガムテープで縛り、猿ぐつわをかませてワイヤー入り強化ガラスのドームに閉じ込める。

 ついで、床に消石灰をまき、あまった霧をきっちり吸収…… と。 

 あ。ここで、全員、落ちたな ―― 全員? おかしい。

 なんで、船長までが……? 


{あのっ、リンタローさま! 船長さんが……!}


 ぷっぴゅん!

 イリス 《分離体・ガスマスクの姿》 が本体に戻ってきた。あわてている。


「どうした、イリス?」


{ええと、その、あの! しっ、しっ、しっ……}


「落ち着け、イリス」


{死んでいるのです!}


「ふぁっ!?」


 ―― 想定外だ……!

 俺はあわてて船長に駆け寄り、身体を調べた。


 ―― 赤黒い、うっ血のあとが残る顔。よく見たら首に、引っ掻き傷がある……


「船長、少し前に絞め殺されてる可能性が、高いな」


{ふぁっ!?}


「ほら、この首の両側の引っ掻き傷…… これが船長の爪のあとだとすると、首を絞められてかなり抵抗したんだろう」


{船長さん……}


 イリスが胸の前でぎゅっと手をにぎる。

 これだけ抵抗のあとが残っているんだ。苦しかっただろうな……

 だが、いまは船長の死をいたんでいる場合じゃない。


「一番の問題は、船の舵取かじとりがいま誰もいないこと。で、次の問題が、船長がこの数時間、死んでいたのに動いて船を操縦してた、ってことだよな」


{へ? 二番目の問題のほう、普通に死霊術ネクロマンシーじゃないのですか?}


死霊術ネクロマンシーなんてものが、あるのか…… だから簡単に、殺したんだな」


 そのとき、俺の背後で物音が聞こえた。


「困りましたねえ…… 気づくのが、早すぎますよお。このままデミホーマ南の大陸まで行く、予定でしたのにい」


 いつのまにか、男がひとり立っている。

 中肉中背、長い髪をひとつに束ねた、どこにでもいそうな…… あ。思い出した。


「血祭り野郎と一緒にいた、普通サイズの!」


 普通サイズは口元に愛想笑いを浮かべ、会釈する。


「はあい。当方、普通サイズの死霊術師ネクロマンサーなんですう。よろしく、おねがいしますねえ」


「やなこった」


 しゅぅぅぅっ……


「う、ぐっ、げぇぇぇぇぇっ」


 さしもの死霊術師ネクロマンサーも、赤い霧臭素対策はしていなかったらしい。

 倒れたところを捕獲、ガムテープで固めてガラスドームへin。

 普通サイズなぶん、ほかの大男たちより作業がラクだな。

 終わったあと、俺はふたたび後片付けに戻る。消石灰で、あまった臭素を吸い取って ―― と。

 ガラスドームに、ものがあたる音がした……

 見れば死霊術師ネクロマンサーが、しぶとくもがいている。


{このひと、一瞬しか、気絶しなかったのです!?}


「うん。職業がら、劇物耐性でもあるのかな……?」


{ゴ◯ジェットのほうが、効くですか?}


「それは試してみないとわからん」


 死霊術師ネクロマンサーはガラスの向こうから、しきりに俺たちにアイコンタクトを送ってきている。

 猿ぐつわで言葉は出なくても、言いたいことはだいたい、わかるな。


『当方を解放しなければ、船を操縦できる者を動かせませんよお?』


 ―― だが、俺のほうは。

 こんなやつに、まったく用はない。


「イリス、しばらく船に同化できるか?」


{やってみるのです!}


 イリスがかじに両手を置いた。

 その身体から、青〜黄のグラデーションに染まったグリッターが立ちのぼる……


{…… 同化シンクロ率 50%…… 同化シンクロ率 75%…… 100%! しゅっぱつです……!}


「よろしく頼む、イリス」


{もちろんです! まかせてなのです!}


 ―― さて。じゃ、こんどは、こっちだ。

 俺はチート能力で人工心肺装置と点滴を出し、船長につなぐ。

 死霊術ネクロマンシーとやらで、船の操縦ができる状態にまでもっていけたんだ。

 どう考えても、止まっているのは心臓だけ。

 ほかの臓器や脳はまだ生きており、不可逆的な死のプロセスは始まっていないはず……

 なら、蘇生の余地はある。

 点滴には血液ではなく、SSSランクのハイポーションを使う。チート能力で万能霊薬エリクサーも出して、混ぜてみるか。

 ―― 前世、某大学の研究で 『心停止後、細胞死を防ぎ細胞を活性化する薬剤を循環させることにより、複数の臓器を蘇生させられる』 可能性を示したものがあった。

 前世ではまだの段階でしかなかった…… だが。

 この世界には、あるのだ。

 まさにその薬剤をも凌駕りょうがする栄養剤ハイポーションが ―― その効能は、これまでの手術で実証済み。

 傷口をいあわせて点滴するだけで細胞が再生されるきれいに治る

 そんな栄養剤に、さらに、あらゆる状態異常を解除する万能霊薬エリクサーを加えた液を全身に巡らせるのだ。

 いや、これ。

 蘇生できないほうが、無理でしょ。


「あの研究だと、薬剤を6時間かけて身体中に循環させていたが…… まあ、なにか起こらないうちに、早めがいいかな」


 俺はポケットから 《超速の時計》 を取り出し、かざした。


「《時間経過 ―― 24時間》」


30秒後 ――


「く、くびが…… いきが…… あれ?」


 船長が目を開き、ガバッと身を起こした……


 ごんっ、ごんっ、ごんっ……!


 同時に、背後から鈍い音。

 振り返ると、ガラスドームの床に死霊術師ネクロマンサーが頭を打ちつけている。


「―― いま見た光景が、信じられなかったのか?」


「…………!」


 ガラスごしに話しかけると、死霊術師ネクロマンサーの目が大きく見開かれた。

 俺から逃げようとするかのように、もがく…… いや、なんでそんなに怖がってるんだ?


「いや、俺よりも、そっちのほうが、よほど理不尽だが?」


 ごんっ……!

 死霊術師ネクロマンサーは、床に思い切り頭を打ちつけ気絶してしまった。


「失礼なやつだな」


{ぷぷぷぷっ…… リンタローさまのこと、魔王様だと思ったのかもです!}


 イリスが舵の前で {なにしろ蘇生は魔王様でもできないのです! すごいのです!} と、胸を張った。

 いやいやいや…… 死体を動かす術やら船にシンクロする技にくらべたら、よっぽど、蘇生のほうが理にかなってるよな?


「あの、失礼ですが、お客様……」


 船長がおずおずと、俺に話しかけてきた。


「つまりぼくは、死んでいた…… のでしょうか?」


「まあ、心臓は止まっていたな」


「!?」


 船長、めちゃくちゃ驚いてるな。

 自分の手やしっぽを確認して 「そんな……」 と呟いている。


「じゃ、ちょっと診察するから。はい、息を吸って、吐いてー…… よし、大丈夫だな。点滴を外そう…… 立てるか? 痛みや違和感は、あるか?」


「い、いえ…… 大丈夫です。ほら、この通りでございます」


 ぴちぴちっ

 船長は、手と尾びれを勢いよく振る。


「うん、大丈夫そうだな…… もしなにか、少しでも気になったら、すぐに教えてくれ。俺とイリスは二等船室にいるから」


「二等……!? す、すぐにVIPルームに移します! 大変、失礼いたしましたぁっ!」


「いや、二等で申し込んだの、俺だし」


 それからしばらくやりとりした結果、俺とイリスは船長室の隣の客室に移ることになった。

 殴られて気絶していた操舵手運転士が意識を取り戻したところでイリスと運転を交代してもらい、俺たちは船長室のほうへ向かう。

 その隣の客室は、ドアがオリハルコンだった。学院の門に使われていた白銀色の金属で、邪心を持つ者は通さない、とかいうアレだ。


「どうぞ、お入りください」


 船長がドアを開ける。

 そこは、やたらと広く豪華な空間だった。


「いや俺たち本当に、この部屋でいいの?」


「当然でございます。この船を救ってくださった英雄様ですから!」


「いや、それは言い過ぎだが…… まあ、ここなら、船長になにかあったとき、すぐ駆けつけられるな」


「いえ、そこはお気遣いなく。ごゆっくり」


「いやいやいや…… 少しでも身体がおかしいと思ったら絶対、すぐに言ってくれ。蘇生したばかりなんだから」


「…… かしこまりました」


 船長、ぎりぎりまで我慢しそうで心配だ。

 ―― ともかくも、まあ。

 部屋は遠慮なく使わせてもらうことにしよう。 


{わあっ、すごいのです! お風呂から、海がみえるのです!}


 大活躍してくれたスライムさんも、喜んでるしな。


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