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第78話 イケメンになってみた

{はうん…… リンタローさまとの一体感が、最高なのです……}


「うん、そんなつもりで作戦立てたんじゃ、ないけどな」


 1時間後 ――

 俺とイリスはひそひそと話しながら、青いカーペットが敷かれた一等船室の廊下をっていた。

 はためには、船員の魚人マーマンブツブツ言っているように見えるだろう ―― そう。

 俺はいま、着ぐるみのように魚人マーマンスタッフに変装している。

 船員の制服の下は、鱗におおわれたしっぽ。顔は、どういうわけか前世の超有名俳優、ケピン・コズナーにそっくりだ。

 俺の人生でまさかハリウッド俳優になれる日がくるとは…… と、最初に見たときは鏡の前で2秒ほど止まってしまった。

 これ、イリスの好みなのかな?

 ―― いや、気にしてる場合じゃない。


「お客様、お休みのところを失礼いたします」


 船のどこかにひそんでいる乗っ取り犯を割り出すため、俺はひとつひとつ、客室のドアをノックしてまわる。

 シチュエーションの想定は 『乗客の飼っているペットが逃げた』 だ。魔族の船では、他者に危害を及ぼす心配のないペットは、同伴OKなんである。おおらか。 


「―― お客様。たいへん失礼ですが、お部屋を改めさせていただいて、よろしいでしょうか…… 実は、ほかのお客様が同伴されているモフチャ小型ネコのお姿が見えず、探しておりまして……」


 部屋にいる魔族の客は、大抵OKしてくれる。

 返事がないときは、イリスの一部がドアのすきまから入って、なかを確認。

 眠っている客は、人間でなければOK…… いまのところは、魔族ばかりだ。

 不在の客は、荷物のなかに武器などがないかをチェック…… が、怪しいものは、まだ見つかっていない。


 ぴゅぽん!

{リンタローさま、ここは大丈夫です!}


「了解」


 俺はイリスとひそひそ話しあい、次のドアをノックする。


「お客様…… ほかのお客様が同伴されているモフチャ小型ネコのお姿が見えず、探しておりまして……」


 ―― ん?

 複数の気配がするのに、返事がない……?


{いってみるのです!}


 5ミリ・イリスがぴゅるっとドアのすきまに滑り込んだ…… しばらくして。

 イリスが小声で報告してくれた。


{人間です! 全員、舶刀カットラスを持っているのです!}


「あたりだな…… じゃ、入るか」


{ドアの鍵は開けておいたのです!}


「さすがだな、イリス」


{あたりまえなのです!}


 イリスは、俺と合体したまま嬉しそうにぷるっと震えた。


「お客様、お休みのところ、大変失礼いたします……」


 俺は両手にスプレーをかまえ、ドアを蹴り開ける。

 なかにいる男たちの目が、いっせいに集まる ―― やつらは舶刀カットラスを手に、身構えた。


「なんだ、おまえは!?」


「じつは……」


 やつらに立ち上がる暇すら、与えず ――

 俺は、スプレーの中身を思い切り、噴射する!


 ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……


 赤い霧があたりに満ちる。


「がはっ……」 「おぶぉっ……」 「げぇぇぇ……」 「ぐほぉっ……」 「うっ…… き、さま…… なに、もの……」 


 作戦は大成功 ―― 男たちは激しく咳き込み、目や鼻を押さえながら倒れていった。


 もちろん、俺とイリスはノーダメージだ。イリスにはこの霧は効かず、俺はあらかじめ、フルフェイスのガスマスクと手袋を装着して防御している。


「《神生の大渦》」


 俺はすかさず、チート能力でガムテープと消石灰を出した。


「よし、いくぞイリス」


{りょーかいです!}


 ぷっぴゅん!

 着ぐるみ・イリスが俺から分離し、少女の姿に戻る。

 俺とイリスは、転げ回ってげえげえ言ってる男たちをガムテープで次々と固めていった。

 最後は消石灰をじゅうぶんにまき、あまった霧を吸収させる。

 赤い霧が晴れたころ ――


「きみたちのほかは、操舵室の連中だけか?」


 こくこく。

 ガムテープで縛られ猿ぐつわをされたまま、やつらはいっせいにうなずいた。

 全員、おびえきった表情をしている。

 どうやら俺のことを凶悪な魔法使いとでも思ってるらしい ―― あの赤い霧、主成分は臭素なんだけどな。前世では難燃剤としても使われていた化学物質だ。分類は劇物。

 海水に微量に含まれているため、海水からちまちまと錬成してみたら、スキルレベルが上がった…… のは、置いといて。

 そのまま使うとあまりにも危険なので、濃度調整してスプレータイプにしたんだが、まあ、効果はほどほど、ってところかな。

 こいつらはこのまま、転がしておこう。


「よし、次は操舵室の連中だな」


{はいです!}


 ぷにゅん

 イリスが俺にまといつく。

 俺たちは再び、ふたりでひとりのケピン・コズナー似魚人マーマンスタッフに変身した ―― と。

 いま捕獲した5人の乗っ取り犯に、動揺が走る。

 うち3人の頭が、ガクッと落ちた…… 気絶だなんて、大げさだな。

 で、残る2人は……


「うう……! うううう……!」 「……っ、……っ!」


 イリス+俺 《イケメン魚人の姿》 が近づくだけで大パニックだ。必死で身をよじって、逃げようとしてる…… ちょっと傷つくな。

 せっかく、イリスが頑張って着ぐるみになってくれてるのに。


「こんなにイケメンなのに……」


「…………っ!」 「うううう……!」


 俺は、気絶した3人の脈と瞬目反応を確認した…… ま、大丈夫だろう。

 あとは、チート能力でワイヤー入り強化ガラスのガラスドームを出し、5人を閉じ込める。

 これで、うめき声が外にもれることもない。


「よし、じゃ行くか」


{出発なのです!}


 俺とイリスは客室をあとにし、操舵室に向かった。


「ところでイリス。この顔、好みなのか?」


{へ? なんでですか?}


「いや…… いい」


 ひそひそと話しながら階段を登る…… と、向こうから頭を押さえてヨレヨレとってくる魚人マーマンスタッフが見えた。

 さっき、操舵室で倒れていた魚人マーマンたちのうちの、ひとりだ…… 無事だったのか。

 俺は声をかけてみた。


「どうした? 大丈夫か?」


「それが…… 急に、殴られたんだ…… とにかく…… いそいで、スタッフ全員を集めなければ」


「いったい、なにがあったんだ?」


 魚人マーマンスタッフは、ビクビクとあたりを見回し、声をひそめる。


「信じがたいと思うが、乗っ取りなんだ……!」


「うん、みたいだな」


「対策を立てないと…… スタッフ全員、ひそかに集めるんだ」


「やめたほうがいいんじゃないか?」


「……っ なぜだ!?」


「やつらはアイテムボックスを使って武器カットラスを持ち込んだ。アイテムボックスが使えるってことは、俺たちスタッフの誰かが、手引きしたに違いないんじゃないか? そいつに、俺たちが気づいたと、悟らせないほうがいい」


「しかし…… 「大丈夫だ」


 俺は魚人マーマンスタッフをさえぎった。

 うだうだ話してる時間が、もったいない。


「俺たちが早めに、片付けてやるから…… こんなふうにな」


 しゅぅぅぅぅっ


 魚人の顔面に、赤い霧をひとふき。


「ぐほぉっ…… げぇぇぇ! ごふっっ…… うううっ」


 魚人マーマンスタッフは、咳きこみ、うめきながら崩れ落ちた。

 俺とイリスは、彼をドアの陰に運び、ガムテープ…… じゃなくて、猿ぐつわと手錠と重石で身動きとれないようにしておく。

 しっぽをガムテープで巻いても、ウロコが痛むだけだからな。


「手間取ったな」


{まったく、なのです!}


 俺とイリスはその場を離れ、操舵室へのルートに戻る。


「まあ、都合よく内通者が自分から出てきてくれて、よかった」


{見張りがいるのに逃げ出すのが、普通は無理なのですからね!}


「だよな」


 俺の予想では、さっきの魚人マーマンスタッフが人を集めたがったのは、乗っ取り対策のためではない。

 むしろ、船のスタッフ全員を乗っ取り犯に協力させるためだろう。

 やつらが最初に殴られて倒れていたのは、内通者だとほかのスタッフに悟られないようにするためだったのだろうか。

 それとも、気がついたあとで敵から脅されたのか……

 まあ、どちらが真実かなんてことは、それこそ後回しだな。


 操舵室そうだしつが見えてきたところで、俺とイリスはいったん、物陰にかくれた。

 そっと、様子をうかがう。

 ―― 壊れたドアの前には、相変わらず見張りがいる。

 内側には、床に、倒れたままの魚人ひとり。

 かじをとる船長の周囲には、3人の監視役。これも、さっきと同じだ。

 最初に血祭り男と一緒にいた普通サイズが、どこに行ったかが気になるが……


「なるべく早くに、ここを制圧だな」


{じゃあ、わたしだけで、忍びこんでみるのはどうです? 同時に分裂ぷっぴゅんすれば……!}


「そうだな……」


 俺は考えてみた。

 分裂ぷっぴゅん…… つまり、分裂したイリスがそれぞれに敵の顔に覆いかぶさって呼吸を封じる、ということだろう。

 たしかにそれも有り、ではあるが……

 相手は全員、屈強な大男ばかりだ。分裂して薄くなったイリスを、やすやすと引き剥がしたり千切ちぎったりしてしまわないとも、限らない。


「…… やめとこう。イリスの安全が、第一だ」


{リンタローさま……! でも、大丈夫なのですよ?}


「いや、それより……」


 俺は操舵室の船長をもういちど、よく観察する。

 ―― 船長は、この状況にも関わらず落ち着いて操縦を続けている…… これなら、急に頭にガスマスクが被さっても、ひどいパニックは起こさないだろう。


「イリス、一部だけ忍びこんで、あの船長と倒れているスタッフとのガスマスクになれるか?」


{やってみるのです!}


 ぷりゅっ

 イリス+俺魚人マーマンのしっぽが、少しだけ短くなった。


「あと、イリス。さっきの魚人マーマンスタッフの顔、覚えてるか? イケメンからそっちに変わってほしいんだが」


{わかったのです! けど、この顔、イケメンなんですか?}


「いやだって、ケピン・コズナーだし」


{? 親しみやすいかな、とは思ったのです}


「…………!」


 『イケメン』 より危険な気がする……!


{じゃあ、顔を変形するのです!}


 ぷるぷるぷるぷる……


 俺の顔に密着しているスライムボディーの細かな震えが伝わってくる。

 フェイスエステって、こんな感じなんだろうか。けっこう気持ちいいな、これ。


 ぷるぷるぷるっ……

 振動が、止まった。


{できたのです!}


「よし。確認しないけど、大丈夫だな」


{もちろんです! 任せるのです!}


 イリス+俺 《フツメン魚人の姿》は、なにくわぬ顔で見張りに近づいていった。

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