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第6章 スライム娘の大作戦

第77話 新婚カップルじゃなかった

{新婚旅行なのです!}


「たしかに、それっぽいカップルが多いな」


 深い青の海面を、鋭い舳先へさきが切り分けるようにして進む…… 

 遠くを見れば雪の残る切り立ったがけとそれを映す静かな入江、真下を見れば陽光のなかでひときわ輝く、踊るような白い波しぶき。

 俺とイリスは、ノルドフィノ高地へ向かう客船のデッキでタイタニックしていた。

 イリスがはしゃぐのを引きとめていたら、たまたまそういう姿勢になったというだけで他意はないし、イリスがビキニ姿なのは、たまたまそのデッキにプールがあったからで、俺がリクエストしたわけではない。

 そもそも俺とイリスがこの船に乗っているのは、仕事 ―― ノルドフィノ高地の 『魔石』 採掘権を得るための交渉に行く途中なのだ。


 ―― 魔素マナ電池の代替としてノルドフィノ高地の 『魔石』 を使う案がドゥート皇国で通り、俺とイリスが交渉代理人に指名されたのが、1ヶ月前のこと。

 それから、俺とイリスは、まずアンティヴァ帝国魔族の国に戻って久々にウッウたちコボルト二足歩行子犬親子と会い、ピエデリポゾの村のみんなで歓迎会を開いてもらって彼らが持ってきた錬金術の仕事を高速でこなし (スキルレベルが1あがった) 、イリスの祖父のバ美肉スライム爺ちゃんに挨拶に行って恩返しされかけ、アシュタルテ公爵に報告に出向いて戦闘をしかけられ (強くなったとほめてもらった) 、旅のしたくを整えて出発。アシュタルテ公爵領北部の港から客船に乗り、いまに至る ――


 アシュタルテ公爵領からぐるっと海をまわってノルドフィノ高地とその南のバアル公爵領を経由し、ヤパーニョ皇国のデジマ港に到着する約15日間の航路。

 俺とイリスは5日後にノルドフィノ高地近くの港で降りるが、大体の客はデジマを目指す。

 デジマ以外は鎖国しているというヤパーニョ皇国だが、異国情緒あふれる人間の国は魔族に人気の新婚旅行先であるらしい。

 そのためかデッキプールには、イリスの言うとおり、仲良しの魔族カップルでいっぱいだ。

 ―― 小柄でかわいいコボルト二足歩行子犬ゴブリン小鬼、いかついオーク。ふさふさの耳と尻尾の美男美女はウェアウルフ人狼か。プールサイドで制服を着ているマーマン魚人は、客船のスタッフだ。

 ひとくちに魔族といっても、いろんな種類がいるな。


「お、あそこにいるの、人間だな」


{ほんとですね! リンタローさま以外で、珍しいのです。しかも、男性どうしの新婚旅行なのです!}


「いや、新婚旅行とは限らないだろ」


 どっちかというと、ビジネスっぽいよな。

 からだの大きな男と、普通サイズの男のふたり連れ。普通サイズは長い髪をうしろで1つに束ねている。

 プールサイドなのに水着じゃないし、難しい顔で話しているし…… と、目があってしまった。

 気まずくなって、俺はあわてて目をそらす。

 だが、向こうも俺が人間だと気づいたらしい。

 普通サイズが忙しそうに去ったあと、大きいほうが話しかけてきた。


「おたく、ヤパーニョまでいくのか?」


「いや、バアル公爵領の北のほうだ。いい薬草を探しにね」


 とっさに嘘をついたのは、もちろんノルドフィノ高地の 『魔石』 の存在に気づかれないようにするためだ。

 だが、男は怪訝けげんそうな表情になった。


「薬草? なんだそれは?」


「ポーションに混ぜると効果が上がるものを探していてね。俺は錬金術師なんで」


「ほお。錬金術師か。珍しいね」


「よく言われるな」


「そうだろうね。しかし、残念だね」


「なにがだ」


 含みをもった物言いに、俺が顔をしかめたとき。

 船が、大きく揺れた。


{リンタローさま、あぶないのです!}


「大丈夫だ、イリス」


 寄り添う俺とイリスの前で、ふいに男の唇が、にいっと歪む…… まがまがしさすら漂う、笑み。 


「祭りが、始まるんだよ」 


 男はアイテムボックスから舶刀カットラスを引き抜いた。海上戦闘用の、湾曲した刃を持つ短剣 ―― 海賊だ。

 船上ではアイテムボックスからものを出せない仕様になっていたはずなんだが、いったいどんな技をつかったんだろう。気にな…… ってる場合じゃない!

 俺が、よける暇もなく。

 男は間合いに、踏みこんできた。

 海水でも錆びないであろう、つややかで鋭い金属の刀身が俺の首を軽く叩く。


「まずは、おたくから……」


 舌なめずりするような口調…… これまでに会ったォロティア義勇軍の面々とは、また違う。

 一方的な殺戮さつりくを楽しむタイプだ。

 いま、すぐに俺を殺さなかったのは、獲物をもてあそぶためだろう。

 どうやって苦しめ、なぶろうか…… こいつの脳内は、嗜虐しぎゃく心でいっぱいなはずだ。

 だが ――


「血祭り、ぶごぉわっ!」


 男は最後まで言い終えることのないまま、白目をむいて倒れた。幸いなことに、デッキにいる者たちは誰も、こっちには気づいていない。

 ぷゆり、ぷゆり、ぷゆり、ぷゆり……

 男の白目を、イリスが念入りに踏みつける。


{ふんっ、なのです! よくも、リンタローさまを! 海のお魚さんのエサになるといいのです!}


 ―― 男が俺を脅すのに夢中になっていたとき、イリスはひそかに指先のごく一部を赤い弾丸に変化させていた……

 それを、男の鼻の穴に向けて爪ではじき飛ばしたのだ。

 赤い弾丸はみごと、鼻の奥に到達し、炸裂。

 問答無用で男を倒したのだった。


{ふっっ…… リンタローさまのペッパーX弾の実力、思い知るといいのです!} 


「イリス、ありがとう。助かった」


{あたりまえなのです! リンタローさまがご無事で、よかったのです!}


 ぷにゅんっ!

 イリスが俺の首に抱きついてグリッターをまきちらす。

 ううっ、やわらかい。

 せ、せめて、衣裳をビキニからいつものに戻してほしいところ…… こ、呼吸が……


「そ、そうだ、イリス。こうしちゃ、いられないんじゃ、ないか、な……」


{あっ、ですね! まだもうひとり、いたのです!}


「もうひとり、で済めばいいけどな」


 俺とイリスは、男をとりあえずガムテープで縛り、操舵室そうだしつへと走る。

 もし海賊の一味が船にひそんでいるとすれば最終的には、船を動かすかじと船長とを狙うはずだからだ ――

 はたして。

 操舵室そうだしつのドアはすでに壊されていた。床に倒れているスタッフが2名…… 血は出ていないようだから、頭を殴られたか。

 そして、舶刀カットラスを持った見張りが、ひとり。

 かじを取る船長を囲むようにして、3人。舶刀カットラスを船長につきつけている。

 ―― さっきの普通サイズは、いない。

 全員、でかいな。船長の魚人マーマンが、子どもに見える……

 やつらはまだ、俺とイリスに気づいていない。  

 俺とイリスは、そっと目配せしあい、その場を離れた。



 船室に戻るとイリスは、ベッドの上でめちゃくちゃにはねた。怒っているな。


{せっかくの新婚旅行を邪魔するひとたちは、許さないのです!}


「やつらの目的は、おそらく、船の乗っ取りシージャックだな」


{乗っ取り、ですか?}


「うん。最初は、外海の船と連絡をとって海賊行為を働くのかと思ってたんだが…… いまのところ、操舵室以外はデッキプールのだけだ」


{あんなところで、血祭りだなんて…… 最悪なのです!}


「うん。だから、注目をそっちに集めておいて、操舵室をひそかに制圧。スタッフを支配下に置いて、やつらの目的地まで航行する作戦だろう」


 現状は、俺とイリスがいたせいで注目の集め方は足りなかったが、とりあえず乗っ取りには成功…… ってところか。


{目的地、どこですか?}


「ちょっと待てよ…… ヘイ、ウィビー。地図出してくれ」


【イッツァピースオブケーク! カンタンなのね、マスター! ヒアー!】


 うちのア◯フォン、船ではアイテムボックスから出しっぱなしだったせいか、最近やたらとご機嫌だ…… とまあ、それは置いといて。

 俺は、地図の下部を指さす。

 この大陸の南に広がる、もうひとつの大陸 ――


{バナナ大陸ですか!}


「え、まじでその名前?」


{わからないですけど、わたしたちは、そう呼んでいるのです!}


「へえ…… まあともかく、ほら、以前にドブラに捕まってたスライムさんたちが 『南国に売り飛ばされた』 ことある、って言ってただろ?」


{ですね! 待遇は、良さそうだったのです!}


「そうそう、温暖でバナナ食べ放題…… って、それはともかく」


 魔族を山ほど乗せて南にくだる船を、なるべく騒ぎにならないようひそかに乗っ取るとしたら ――

 犯人グループの目的は 『船と積み荷を手に入れる』 だけではない。

 『乗客の魔族を奴隷として売る』 ことも、もちろん計算に入れているだろう。乗客の魔族たちがそれを知るのは、下船直前。商品にするため犯人たちに拘束されたとき、かな ――


「やつらは、奴隷売買の規制がゆるい南大陸で、乗客を売るつもりだろうな、たぶん」


{そ…… そんなの! 許せないのです! そんなやつらは、みんな、自然界に還らず永遠にさまようがいいのです!}


「まあ、その辺は、魔王様ルキアにでも任せるとしてだ…… 俺たちとしては、ノルドフィノ高地でちゃんと、降ろしてもらわなきゃならない」


{あと、新婚のみなさんがきちんと、デジマで楽しくイチャイチャしなきゃいけないのです!}


「…… そうだな。で、そのために、まずしなきゃならないのが犯人グループの把握だが…… これは 『人間』 ってことで良さそうだな」


 最初の血祭り男が俺に目をつけたのも、俺が味方かどうかの見極めのため…… と考えれば、つじつまが合う。俺が 『錬金術師』 と名乗ったから、 『味方ではない』 と判断されて殺されかけたんだ。

 イリスがぽよん、と俺の膝のうえにとびのってきた。


{で、人間たちをどうするんですか、リンタローさま?}


「そうだな…… 向こうがなるべく騒ぎを起こしたくないなら、こっちもそれに便乗するのがいいだろうな」


{? どうやってですか?}


「地道な作業になるが…… まずは、ひとりひとり確認して、静かに潰す」


 俺はイリスに、ある作戦を打ち明けた。

 この作戦は、イリスの協力が不可欠だ ――

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