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第76話 立ち上がった

「よし、もう少しだ……!」


{あっ、わわわ、はぅぅぅ……}


 4日後 ――

 ピトロ高地の新しい家で、俺とイリスは、コフェドラシルコーヒー苗エルフの赤ちゃんをひたすら見守っていた。

 ドゥート皇国から3ヶ月ぶりに帰ってみたら、植物学者のオースティン先生もエルフのコモレビ姫もすっかり育児に慣れ、コフェドラシルコーヒー苗エルフの赤ちゃんたちは、すくすくと大きくなっていたのだ。

 最年少 (?) のコフェリカちゃんも、もうハイハイを始めていたのだが、ついさっき。

 なんと、なぜか床に座っていた俺のひざを支えにして、つかまり立ちに挑戦しはじめた ――

 ちぎりパンのような、もにゅもにゅと温かい腕が俺のひざのうえで、ふるふる震えている。

 頭に生えた、みずみずしい双葉も同じくふるふるしており、その下に見える顔はあどけないながらも、めちゃくちゃ真剣だ…… 

 いま、もう5分くらい、立ち上がりかけては崩れ、俺が慌てて抱きかかえる ―― というループを繰り返しているのだが。

 あきらめずに、がまんづよく何度も挑戦するあたり。見所のある子だな、コフェリカちゃん。

 そして、さらに10分後。


「おっ、おっ、おおおお…… 立った……! コフェリカちゃんが、立った……!」


{よく頑張ったのです、コフェリカちゃん!}


 コフェリカちゃんは、ふるふるしながら俺の腕のなかでドヤ顔を披露したのだった ――



{はい、映像はここまでなのです!}


 ぽっぴゅん!

 イリス 《記録球の姿》 が 『初・コフェリカちゃんのつかまり立ち』 を映し終え、少女の姿に戻ったとき。


「「「あっあああああ……!」」」


 俺たちの目の前には、仲良く頭を抱えてうめくオースティン先生とコモレビ姫、ソフィア公女の姿があった。

 いまは赤ちゃんたちがお昼寝中。大人たちは、ひとときのティータイムである。


「あああ…… なんでボク、研究なんてしていたんでしょうか……!」


 オースティン先生は 『リンタローさんたちが赤ちゃんみてくれてる間にできるだけ、研究を進めます!』 って、張り切ってたからな。


「あ…… 自分…… 世界樹の雫の補充…… 明日にしておけば…… よかったです……」


 コモレビ姫も 『リンタローさんとイリスさんが赤ちゃんみてくれてる間に (以下略)』 って、行ってしまったからな。

 普段は赤ちゃんの世話を優先するぶん、ほかのことがなかなかできないんだろう…… これを3ヶ月も続けてきたなんて、オースティン先生にもコモレビ姫にも、頭がさがる。

 俺もせめて、魔素マナ電池のかわりになるものを早く見つけて、世界樹の雫転送装置を成功させなきゃな。

 で。新しい魔素マナ電池候補として、魔素マナを多く含むという幻の鉱物 ―― 通称 『魔石』 について調べた結果を持ってきてくれたソフィア公女も。

 なかなか、ダメージがでかそうだ。


「ああ…… どうして…… どうして! わたくし、1時間早く、つかなかったのかしら!!!」


{ソフィアさん、元気出してくださいです! なんなら、いつでも見れるように、これをプレゼントするのです!}


 ぽみゅっ

 イリスの手のひらから、直径5cmくらいの小さな記録球が現れた……


「イリスさん…… いいのですか?」


{もちろんです! あっ、コモレビさんとオースティンさんも、どうぞ、なのです!}


 そのミニ記録球の原材料って、イリススライムだよな……?

 いや、みんな喜んでるし、別にいいんだが。


「ところで 『魔石』 のことですけど……」


 ソフィア公女が、ミニ記録球を大切そうにしまいながら、口を開いた。


「あるには、あるそうでしてよ」


「そうか、よかった……」


 『魔石』 は、この世界では伝説の存在しないたぐいじゃないかと、ちょっと心配してたんだよな、実は。


「ちなみに、これがそうですわ」


 ソフィア公女がアイテムボックスから取り出して見せた小さな鉱石は、虹色をしていた。

 ―― あれ? とくに、珍しいものじゃないような。

 前世のゲームでも、 『魔石』 と違いこっちは錬金術の素材として普通にあった。

 この大陸では割かし一般的な金属だ ――


「これ、彩銀あやがねじゃないのか?」


「ええ。ですけれど、どなたか…… これに魔素マナを、注いでみてくださる?」


{はい! やるのです}


 イリスが彩銀あやがねの鉱石を手のひらに乗せ、魔素マナを注ぎはじめた。

 イリスのからだから細かなグリッターが立ち上り、次々と鉱石に集まり、吸収されていく。

 それに従い、彩銀あやがねの色も徐々に変化する……


{ふうっ…… やっと、終わったのです} 


 イリスが一息ついたとき。

 最初は鮮やかな虹色だった彩銀あやがねの鉱石は、虹色のつやを帯びた黒い石になっていた。

 錬金術の本で見たことのある 『魔石』 そのものだ。


「…… まさか、彩銀あやがねに限界まで魔素マナを注ぐと魔石になる、なんてな……」


「ええ。これまでは、まったく別の物質と考えられていたそうですけれど…… これが西エペルナ学院の、最新の研究成果ですわ」


 なぜこれまで 『伝説』 としか考えられていなかったかというと ―― 彩銀の魔素マナを貯蔵する性質を知ってはいても実際に限界まで魔素マナを注げる人間などいなかったからだという。

 ちなみに魔族は 『魔石』 などにはまったく興味がない。なにしろ、自分が魔素マナの源なんだからな。


「じゃあとりあえず、魔族と交渉して、彩銀鉱石に魔素マナを注いでもらうことになるのか…… うーん……」


{だったら、おじいちゃんに頼むのです!}


「あの…… エルフたちも、協力できると…… 思います」


 俺がちょっと悩んでいると、イリスとコモレビ姫が申し出てくれた。

 が、俺とソフィア公女、オースティン先生は顔を見合せる…… 俺たちはそろって、頭を横に振った。


「せっかくだが、それは最後の手段だな」


「なにしろ、魔族やエルフにとっては元手ゼロでできてしまいますからねえ、魔素マナ注入」


「それな。元手がゼロとわかってるだけに、いい顔をするとすぐ、買い叩かれる。安値で義務だけを当然のごとく押しつけてくるようになるよな、きっと」


「それよりは、確保に多少は苦労させなければね。ありがたみをわからせて、値を吊り上げておくべきですわ」


 俺とオースティン先生、ソフィア公女の会話で、コモレビ姫がしゅん、と下を向き、イリスはお昼寝中の赤ちゃんたちの上に視線をさまよわせた。

 コフェドラシルの赤ちゃんたちはみんな、すぴすぴと平和な寝息をたてている……


{リンタローさまのためなら、ぜんぜん、普通に恩返しですのに……}


「あー、そうだな…… けど、今回は、俺だけのためじゃなく、ドゥート皇国全体がかかった話になってくるからな。いわばドゥートの看板商品の中核技術をまるっと替えるわけで」


{グロアさんも、いいひとなのですよ?}


「うん、それはそうなんだが」


 イリスに、どう説明したものか。

 ―― いいひとでも、グロア女皇の立場は難しい。

 というか、今回の件だって、国際的にいいひとであろうとしたからこそ、グロア女皇はォロティア義勇軍と手を切ることを決意したんだろう……

 だがその結果、ォロティア義勇軍経由で仕入れていた魔素マナ電池の原料が入手できなくなり、代替品を急ぎ開発せねばならぬ事態になってしまった。

 つまり、国の代表産業の生産コストが上がり国民のヘイトを買いまくりかねない未来が、グロア女皇には待ち受けてしまっているのだ。

 ―― だからこそ、ここで中途半端に親切心を発揮すると、安く買い叩かれてしまう可能性が大きい。

 そうすると将来は、魔族もエルフも奴隷と名がつかないだけの奴隷になってしまう……

 グロア女皇は悪意でそうするわけでは、もちろんない。

 むしろそれが、ドゥートの国民に対しての善意なのだ。

 ―― 結局、俺はこう言うしかなかった。


「まあ、人間の場合はな。一方へ向けた善意が他方からすれば悪意にしかならない、なんてことが、よくあるんだよ」


{ぷう!}


 ぷう、って、なんだ。  


「みなさん、安心してくださいな」


 ソフィア公女がひときわ明るい声で、少しよどんだ空気を変える。


「そうだと思いまして、最初から 『魔石』 になっている彩銀を採掘できる鉱脈も、調べておきましたの」


「あるのか?」


「ええ! しかも、手つかずのはずですわ…… リンタロー、アンティヴァ帝国魔族の国の地図は出せまして?」


「ああ、ちょっと待ってくれ…… ウィビー!」


【ハーイ! ワッツァーップ!?】


 俺はアイテムボックスから自称 『究極のultimate天才intelligent頭脳brain』 なア○フォンを取り出した。


「ウィビー、マップ出してくれ」


【イッツァピースオブケーク! カンタンねー!】


 ウィビーが表示してくれた地図の一角を、ソフィア公女が指さす。


「ここでしてよ」


{ひぇっ} とイリスが息をのんだ。


{五竜自治区なのですか?}


「魔族からは、そう呼ばれているよう、ですわね」


 ソフィア公女のほっそりとした指先がのっているのは、アンティヴァ帝国魔族の国の北部、ノルドフィノ高地 ――

 竜神族が支配し、魔族ともほぼ交渉がないという、秘境だった。


(第5章 了)

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