「まあ、信じないかもしれないが……」
俺はソフィア公女とグロア女皇に、
「―― で、最初は、俺たちは軍部長官を脅し、皇子とグロア女皇から手を引かせる計画だったんだが…… 結局
「まあ……!」
ソフィア公女が絶句し、グロア女皇はためいきをつく。
「以前から、カラヴァノは 『逆心をいだく部下など全員滅ぼせば良い』 と言っていましたからね…… そのような簡単な問題でしたら、どんなに良かったでしょう」
「まあ現実には、軍部長官含め4人が同時に消えるだけでも、大問題だよな」
「ほんとうに……」
グロア女皇はもう一度、深々とためいきをついて俺を見た。
「で、ショービン…… 義勇軍のボスは、この件に関して、なにか言っていませんでしたか?」
「そういえば 『義勇軍はこの地を去るのでもう関係ない、好きにしろ』 みたいなことを言っていたな」
「なんって、無責任な……!」
ソフィア公女が顔をしかめた。
「いくら、彼らがグロア様や皇子に危害を加え、脅そうとしていたと言いましても…… 証拠もなしに滅ぼしてしまっては。上手に立ち回らなければ
、こちらが悪者になってしまいましてよ?」
{ほんとに、ひどいのです!}
イリスがぷるぷると震える。
グロア女皇は無言でこめかみを押さえ、3度めのためいきをついた。
―― まあ、グロア女皇がしっかりと義勇軍やカラヴァノを御していれば、こうはならなかっただろうから…… 女皇が力不足だった面も、もちろんある。
だが、俺にも、カラヴァノが
なら、俺が提案できることは1つだ。
「―― ともかくも、グロア女皇は事件を徹底解明する姿勢を見せたほうがいい」
「わかっています」
「そこで、だ。とりあえず、俺を被疑者として拘束しておいて、カラヴァノの逮捕に動くのは、どうだ?」
{「「…………!?!?!?」」}
イリス、グロア女皇、ソフィア公女の3人ともが、びっくりした顔を俺にむけた。
―― 間違ったことは、言ってないつもりだが?
「リンタロー、熱でもありまして!?」
ソフィア公女の手が俺のひたいに伸びる。
{はぅわっ!?} と、イリスがへんにあわてた声をあげた。
{あっ、なんでもなくてっ…… ううぅ、リンタロー様! とにかく、牢屋はダメなのです!}
「と言ってもな。俺も、
{リンタロー様が牢屋に入るのなら、わたしも一緒に入るのです!}
ぷるんっ
イリスが俺に抱きついて、グロア女皇をきっ、とにらんだ。
{さあ! 連れていくといいのです! わたしとリンタロー様は、ぜったいに引き離せないのですから!}
「…… 落ち着いてくださいな、イリス様」
グロア女皇が深々と息をついた。
「リンタロー様もイリス様も、私と皇子の恩人です。逮捕など、させません」
「いやそれだと、グロア女皇の立場が」
「いま、私が切るべきは…… ォロティア義勇軍の、ほうです」
水色の瞳に、並みならぬ決意をたたえて。
グロア女皇は、そう言いきった。
「そしてこの機会に、軍部を改革し皇帝に忠実な組織に変えるのです」
―― その後のグロア女皇の動きは、見事というほか、なかった。
血液検査の結果、グロア女皇にはやはり、ジギタリス (この世界では 『
2つの情報とはすなわち、グロア女皇が倒れ、その血液から毒が検出されたことと、軍部長官と使用人3人の行方不明のことだ。
そして、
それからさらに10日後 ―― 3人の使用人たちの部屋と軍部長官の執務室から、
―― その頃にはもう、宮廷内には 『軍部長官たちは女皇に毒を盛り、危害を加えようとした反逆者であり、捕まるのを恐れて姿をくらました』 という噂が、あたかも真実であるかのように、流れていた。
具体的なことはなにも発表していないにも関わらず、情報を出すタイミングを操作することによりグロア女皇は、人々に
さらにその後、長官たちはォロティア義勇軍に惨殺されたことを発表。
グロア女皇は 『たとえ逆心を抱いていたとしても、私の臣下には違いありません』 と憤ってみせ、ドゥート皇国内にあったォロティア義勇軍本拠地に制裁をくだした。
実質は義勇軍はすでにこの地から撤退しており、事情を知っている俺たちから見れば、明らかに出来レースなわけだが……
この制裁の成功と 『己を殺しにかかった臣下のために弔い合戦をした不死身の皇帝』 という評価でもって、グロア女皇は軍部の総帥権を永久にもぎとることに成功 ――
もちろん、そのための根回しが事前にしっかりとできていたからこその成功でもある。
―― このときに備えて、これまでグロア女皇はパーティーを
「―― まったく。どなたが 『パーティー未亡人』 ですって?」
「『パーティー策謀家』 の間違いだな」
{グロア女皇、すごいのです!}
すべてが片付いた数日後 ――
俺とソフィア公女とイリスは、ティーカップ片手に顔を見合わせてうなずきあっていた。
グロア女皇から招かれた、プライベートの昼食会の席である。
なにやら手の込んだ、豪華で文句なく
「みなさまの、おかげです」
グロア女皇は相変わらず、おっとりとほほえんでいる。
「私と皇子の生命まで救ってくださいました恩は、決して忘れません……」
{あっ、恩返しなら、わたしがしっかりするので
大丈夫ですよ}
イリスがすかさず口をはさむ。
{とらないで…… じゃなくて、お気遣いなく、なのです!}
「そうですか?」
グロア女皇はほおに片手をあて、おっとりと首をかしげた。
「では…… コーヒー栽培のための世界樹の雫転送、国家工芸院の優秀な職人に声をかけているのですが、どうしましょう?」
{あっ、それは、もちろん! 要るのです!}
イリスが慌てたように忙しくグリッターを飛ばすので、俺とソフィア公女は、思わず笑ってしまった。
グロア女皇は職人に声をかけただけでなく、詳細まで相談しておいてくれたらしい。
「職人が言うには、
「? なにか問題があるのか?」
グロア女皇は顔を曇らせた。
「我が国の超魔導タービンには、これまで
「{
俺とイリスの声が、かぶる。
まさか、あのカゲ太郎の黒衣に使われていた技術は、ドゥートの中核産業に必須のものだったのか……?
グロア女皇は不思議そうに俺とイリスを見た。
「
「うーん、まったく同じでないかもしれないが、似たものなら見たことがあるんだ。俺が勝手に 『
「それは、奇遇ですね」
グロア女皇によると、そう名付けたのはォロティア義勇軍のボスだという。
数十年前、相次ぐ独立戦争に負けて領土を狭め、衰退の一途をたどっていたドゥート皇国の皇室に
グロア女皇が行っていたォロティア義勇軍への支援の目的は、俺が予想したのとは若干違い、武力のみならず 『
「ですが、ォロティア義勇軍はもう、この地から撤退しますし、原材料も
「そうだったのか…… まいったな」
もし、ォロティア義勇軍が
「じゃあ、雫転送装置の製作は、代替の
「ええ…… ですが困ったことに、それだけの知識と技術を持つ錬金術師様が、なかなか見つからないのです」
グロア女皇の眉間に、深く谷間が刻まれる。珍しいほどの困り顔だが…… あれ?
もしかして、最初に、やたらあっさりと協力を申し出てくれたのって……
うぬぼれじゃなければ、俺をアテにしてたってことになるのか?
だとすれば、本当に ――
誰が、パーティー未亡人だって?
まあ別に、策略に乗っかったって、悪くはないが。
「じゃあ、その代替品、俺が考えてみるってことで、どうだ?」
「よろしいのですか?」
「一刻でも早く、雫転送装置を作りたいからな」
「正直、助かります…… 有能な錬金術師様というのは、本当に少ないのですよ」
グロア女皇はほっとしたように小さく息をつき、かわりに世界樹の雫転送装置の開発・保守にかかる費用を無償にすることを約束してくれたのだった。