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第74話 逃げられてしまった

「《神生の大渦》 ―― イリス!」


{はいです!}


 対カゲ太郎戦には、これ。

 高純度シリコンと夢見草ハルオピオから錬成した 《夢幻神》 の盾に、イリスが合体した 《無限の盾》 ―― 俺はそれをチート能力で出し、さらに本物のイリスに合体してもらう。

 《超・無限の盾》だな。

 俺は、イリス合体 《超・無限の盾》 をかまえる…… そのとき。

 膨大な魔力が、襲いかかってきた。

 以前とは、比べものにならない…… 盾を持つ俺の手に、全身に。

 衝撃がびりびりと、伝わってくる……!


「イリス、大丈夫か!?」


{ぜんぜん! よゆう、なのですっ……!}


 ほっとしている暇など、ない。

 すぐに、次の攻撃がくる……!


 ―― カラヴァノカゲ太郎の攻撃は、とにかく強烈…… 力とスピードで、相手をねじふせるスタイルだ。

 初手は、無詠唱魔法の一撃。

 それに耐えると、即座に空いてる箇所への物理攻撃が入る。

 攻撃の継ぎ目は、ほとんどない。

 つまり、せっかく、カウンター機能のあるイリス合体 《超・無限の盾》 を使うなら…… 以前と同じく、そのまま吸収した魔力を放出したほうが、負けないはずだ。

 だが ――

 それでは、やつを捕えられない。


「イリス、!」


 俺は反射的に、叫んでいた。


{いくのです!}


 ぴゅっぽん!


 イリス合体 《超・無限の盾》 が、その形状を変える ―― 光明の時輪チャクラをまとった暗黒の盾から、小さなブラック・ホールに。


「すごいな……」


 俺は思わず呟いた。

 闇が光を巻き取り、深淵に引きこむ…… 一見、静止した独楽こまのようだが、目を凝らせばわかる。

 動いていないように見えるのは、あまりにも高速で回転しているためなのだ ――


「なっ……!?」


 カゲ太郎の少ししゃがれた声に、はじめて、驚愕と恐怖が混じる。

 俺の頭をかちわるはずだった蛇剣は…… それを持つカゲ太郎の左腕ごと、ブラック・ホールにみこまれていた。

 さらに、カゲ太郎の全身が、闇の底に引きずられる……


「くっ…… ううううっ……」


 カゲ太郎が、まだ吸い込まれていない右手を、ブラック・ホールに向けた。

 対抗しようとしているのだろう。

 その手のひらから、砂漠の太陽のような白く眩い光が放たれる。

 あっつ……!


{リンタローさまっ!}


「大丈夫だ。イリスは、耐えられるか?」


{ぜんぜん、余裕なのです!}


 ぷにょん

 イリス・ブラック・ホールが少し広がり、その闇がさらに深くなる。


「…………っ!」


 カゲ太郎の顔が、ゆがむ…… 抵抗むなしく、徐々に、ブラックホールに引きずられていっているのだ。

 ―― しかし、まだカゲ太郎は、戦意喪失していない……!

 必死でブラックホールに魔法を打ち続ける。

 まさか、ここまで諦めが悪いとは…… 俺としては、カゲ太郎が降参したら捕縛して罪を認めさせ、きっちり裁きを受けさせるつもりだったんだが。


「カゲ太郎、そろそろけを認めたら、どうだ? このまままれるつもりか?」


「カラヴァノです…… 砂漠の民は、生命いのちより、誇りを選ぶのですよ…… っ!」


「いやそれ、殺しちゃうほうのことも考えて!?」


 うっかり理不尽なツッコミを入れてしまった。

 だって、カゲ太郎は誇りを大切にしたいかもしれないが、俺はイリスを殺人スライムにするわけにはいかないんだよ。

 ―― しかたない。

 ブラック・ホールは解除だ。イリスにもとの姿に戻ってもらい、カゲ太郎が下に落ちてきた瞬間にすかさず魔力制限装置をつけよう。そして、無理やりにでも拘束するしかないな。

 なら、まずは、魔力制限装置の準備からだ ――


「《錬成陣 ―― 魔力制限装置》」


 俺はイリス・ブラック・ホールを支えたまま、足元に錬成陣を展開する。

 魔力制限装置の錬成陣は、13縁に及ぶ大陣 ―― 中心にバフォメット解析と統合、そして、地火風水とルキアの紋章をいちいちロフォカレル夜(死)で封じるのだ。

 作るのは初めてだから、錬成陣スキップが使えない。

 焦っていても、着実に。

 ひとつひとつの要素を重ねていく……!


「よし、できた…… 《魔力制限装置、錬成開……っ!?」


 不意に俺の視界を影が横切り、血の色が散った。なんだ!?


{やだあっ、です!}


 ぷっぴゅん!

 イリスがブラック・ホールから少女の姿に戻り、ぷるぷる震えながら、俺の隣に立つ ―― その足元にごろりと、タキシードのそでに包まれた左腕が転がった。

 ―― カゲ太郎!?


「ああ、驚かせてしまいましたね。失礼」


 ―― その男は肩にカゲ太郎をかつぎ、切り口も生々しい左腕の付け根に手のひらを当てていた。

 じゅうっという音と、肉の焼ける匂い……

 ―― こいつ、ブラックホールに吸い込まれていたカゲ太郎の腕を斬りやがった……!

 ブラックホールから、カゲ太郎を助けるためか?

 それにしても、乱暴すぎる。


「まて! その腕、いまなら、まだ再建できるかもしれないから! すぐに手術を……!」


「もう、遅いですよ。焼いて止血してしまいましたから」


 丁寧な口調。

 きれいに撫でつけられた灰色の髪と、四角い銀縁眼鏡の奥の灰色の瞳。

 スーツを着こなしたそのいでたちは、もし黒いマントさえなければ、いかにも文官らしい。が……

 対峙たいじしてるだけで、全身が凍りついていくような錯覚に襲われる。

 こいつ、もしかして ――


 カゲ太郎が、男の肩にかつがれたまま、かすかにもがいた。


「ショービン様! このようなことになり、誠に、申し訳なく……」


「まったくです…… 行きますよ」


「待て!」


 俺の声に、ショービンと呼ばれた男が立ち止まる。

 自信があるのか、振り返りさえしないな。

 ―― おそらくショービンは、カゲ太郎の上司。カゲ太郎がグロア女皇との交渉担当ならば、その上は義勇軍のボスにほかならない。

 ―― こいつが、すべての元凶ってわけか……

 もちろん、このまま逃がすわけにはいかない。

 俺はひそかに 《超・無限の盾》 の準備を始める。


「ドゥート皇国の軍部長官、それに侍従2人とメイド1人が、この男に殺されたんだ。このままでは済まされないぞ?」


 しゃべりながらチート能力を使い、新しい 《無限の盾》 を出して、イリスに目配せ。

 ぴゅん!

 イリスが合体する。


「イリス、放出!」


{はいです!}


 新たな 《超・無限の盾》 から、先ほどカゲ太郎がブラックホールに打ち込み続けた魔力が放たれる…… 目をくほどの、眩い光。

 だが、ショービンは黒いマントでそれを受け止めた。同時にショービンの足元に、錬成陣に似た紋様が広がる ―― なにをする気だ?


「どうぞ、お好きに。我々はこの地には、もはや用はありませんのでね…… では」


 ―― 一瞬ののち。


{はうう!? これって、ありですか?}


「いや、なし…… っても、しかたないか」


 ショービンとカゲ太郎の姿はゆらめきながら、消えていった。

 まさかの、転移陣だ ――

 くそっ。

 この世界には、こういったたぐいのものは、ないと思っていたのにな。

 逃げられた……!


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが24になりました。HPが+8、力が+6、防御が+5、素早さが+6されました。体力が全回復しました!】


 AIの告知が俺の耳に響くなか ――

 戦闘で壊れた部屋がきれいにもとどおりになり、先程まで空っぽだったベッドにグロア女皇の姿が現れる。

 そんなふうに見えるが、事実は逆だ。

 異層転移の効果が切れて、俺たちがもとの層に戻ったんだな ――


「フリード! フリード!」


 俺とイリスの目の前では、先ほどと同じくベッドに半身を起こしたままのグロア女皇が、気絶した皇子に必死に呼び掛けていた。


「フリード!」


「お母さま……? どうしたの?」


 皇子が目を開ける…… どうやら意識は、はっきりしているみたいだな。

 だけど、どうやら、さっきのことは覚えていないようだ。あるいは、悪い夢だったと思ったのかもしれない。


「フリード、良かった…… 急に倒れるのですもの、心配しましたよ」


「私は、こわい夢を見ていました……」


「そうですか…… もう、大丈夫ですよ、フリード」


 グロア女皇が涙ながらに皇子を抱きしめる。

 ―― 実際には皇子は使用人に襲われたうえ、その使用人ごとグロア女皇の目の前から消えたわけだが……

 皇子がなにも覚えていないことを察して、調子を合わせたんだろう。


「お母様、軍部長官はもう、行ったのですか? リンデルは…… ソフィアねえさまは……?」


「ええ。軍部長官は、すでに部屋を出ていますよ。リンデルは、医官が遅いので見に行ってもらっています。ソフィア様はまだ目を覚ましませんが、寝ているだけなので心配ありませんよ」


「そう…… ですか……」


「疲れたでしょう? 今日はここで、お母様と寝ましょうね、フリード。お休みなさい?」


 グロア女皇が優しく皇子のひたいをなでる。その手の下で、まだ幼いぶどう色の目が安心したように閉ざされた。

 グロア女皇の口から、子守唄が低くもれる ――


 皇子がすうすうと寝息をたてはじめると、グロア女皇は改めて、俺とイリスを見た。


「スライムのお嬢さんが毒針をこっそり奪ってくれたのは、わかっていますが…… いったい、なにがあったのです? カラヴァノは?」


「わたくしも、知りとうございますわ!」


 床から、気の強そうな声…… 

 見るとソフィア公女が、起き上がるところだった。


{ソフィアさん!}


 ぷっぴょん

 イリスがソフィア公女のそばにとんでいって、手助けする。


{大丈夫だったのですか?}


「平気ですわ。いきなり背後から頭を殴りにきたので、とっさに倒れたふりをしていましたの」


「まじか」


 グロア女皇もソフィア公女も、演技達者だな。 

 それにしても、いきなりグロア女皇の客ソフィア公女を殴りにかかるとは ―― 軍部はグロア女皇の評判を徹底して落とし、ォロティア義勇軍との関わりを絶たせて…… 革命でも起こすつもりだったんだろうか。あり得る。

 ソフィア公女が椅子にかけると、グロア女皇はあらためて俺とイリスを交互に見た。


「さて、聞かせてもらえますか? ―― どうして、軍部長官もカラヴァノも使用人たちも、帰ってこないのでしょう?」

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