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第83話 いろいろともてなしてみた

{ど、どうしたらいいですか?}


 イリスがグリッターを汗の形に飛ばしながら、焦った声をあげる。

 ヘリは地面すれすれ、約1.5mほどの高さを保ちつつ、やみくもに移動中 ―― だが。

 どれだけスピードを上げても、龍 《子どもの姿》 は機体の外側にくっついたままだ。困ったな。


「襲われても困るが、敵対すると交渉どころじゃなくなるから、それもまた、困るんだよな」


{じゃあ、もうヤケなのです! とりあえず、このヘリに乗せちゃうの、どうですか?}


「……! それだ!」


 そうだ。たしか前世でも、病院の小児科医が言っていた。

 『子どもを抱き込めば両親と祖父母までくっついてくるから、小児科は赤字でもトータルでみれば収支トントン』 と ―― 閉鎖されそうな小児科を存続させたい一心のセリフ (それでも黒字とは言えないのが悲しい) であり、いまのこれと状況も心情も違うが、つまりは。


「子どもさえ味方につければ、交渉はこっちのもんだ。乗せて、もてなして、引きこもう」


{さすが、リンタローさま、策士なのです!}


「いやいや、イリスこそ」


 どこかのお代官と大黒屋みたいな笑みを交わし、俺とイリスはさっそく、龍 《子どもの姿》 をもてなす準備をはじめた。

 ―― イリスによると、翼竜や水竜などのでかい爬虫類と竜神族 (通称は 『龍』) は別もの。

 龍は種族的には魔族に近く、大気中の魔素マナだけで生きていけるらしい。が、一方では悪食あくじきともいわれている ――


{つまり龍とは、あの死霊術士ネクロマンサーより、よっぽどGな、なにかなのです!}


「いや、龍にゴ○ジェットは効かんだろ」


 赤エイのエイヒレと巨大海牛グルーンの燻製、ソフト裂きクラーケンイカ……

 俺たちは客船で買ったお土産を、次々と並べていった。


「酒飲み用のメニューだな……」


{じゃあ、船長さんからもらったワイン、開けるのです!}


「そうだな。あと、普通に子ども向けのも出しとくか…… 《神生の大渦》」


 俺は、前世のファミレスにあったドリンクサーバーと、バッテリーを取り出す。

 ドリンクサーバーにバッテリーをつなぐと、かすかな音とともに、ボタンが光りはじめた。

 試しにメロンソーダを出してみる。炭酸水で割って…… うん、ちゃんと稼働するな。

 イリスがグリッターをあふれるように飛ばしながら、注ぎ口をのぞきこむ。


{ぷわああああ! なんなのですか、これは!?}


「好きな飲み物が出せる機械だ。ほら、ここを押すとソフトクリームも出るぞ」


{……っ! ぷはぁううう! 冷たくて甘くて、ふわふわなのです!}


「デスソースもかけるか?」


{最高なのです!}


 龍の子より先に、イリスが喜んだ。


「あとは、ピザ、ポテト、グラタン、唐揚げとハンバーグ…… よし、こんなものか」


{はい! じゃあ、Gキッズをご招待するのです!}


「その呼び方は、やめてあげて……」


 イリスが、ヘリのドアをオープンしたとたん。

 どさっ

 龍の子が転がり落ちてきた。

 いきなりのことに、状況がつかめなかったんだろう。

 素早く身を起こし、油断なく、あたりに目を配っている…… そして。

 俺と目が合った、次の瞬間 ――

 容赦ないパンチが、俺のほおめがけて繰り出される……!


{リンタローさま!}


 ぷっぴゅんっ

 俺が顔をぶっとばされる寸前。

 イリス 《スライムの姿》 が、龍の子の全身に覆いかぶさった。

 半透明のスライムボディーのなかで、浅黒い顔や手足が、もがくように動く ―― だが、イリス 《スライムの姿》 は、びくともしていない。


{お行儀が悪い子は、めっ! なのです!}


「……っ! ……っ!」


 もがいてもスライムボディーから抜け出せないと判断したんだろうか。

 龍の子は、真っ赤な口を大きく開いた。

 まずい。これ、あの超高温の熱気を発する前兆じゃ……

 だが、次の瞬間。

 イリス 《スライムの姿》 の形が、ぷにゃりと変わる…… 口の部分だけヘコませて、いったい、なにをする気だ?


{流入っ! なのです!}


「~~~~~っ!!!」


 言葉にならない悲鳴が、龍の子の喉の奥から発された。


{ほらほらほらほらぁ! ごめんなさい、しないと、わたしでお腹いっぱいになっちゃうですよぉ?}


「~~~~~っ!」


{はい。ちゃんと、ごめんなさいできて、えらかったのです! …… 今度やったら、本気で、からだのなかを上から下まで、お掃除してあげるんですからね!?}


「~~~~~っ!」


 ぷぴゅんっ

 イリスが口から出て少女の姿に戻ると、龍の子は大きく息をついて座りこんだ。たてがみのようだった青い髪も、いまや、元気なくうなだれている……


{リンタローさま! 上下関係を、わからせてやったのです!}


「ありがとう、と言いたいが、イリス…… 最初の目的、忘れてるよな?」


{あ}


 たしかに龍の子から戦意は失せたようだが、ここから友好的な契約交渉に持ち込める気が、まったくしない……

 とりあえず、食わせて飲ませて、ごまかすか。


「えーと、っちゃん。スライムボディーの口直しに、こんなの、どうだ?」


 イリスも喜んでいたソフトクリームを、グラスに山盛りにしてみる…… お。龍の子、ドリンクサーバーをガン見しているな。


{デスソースもかけるのです!}


「せめてチョコスプレーにしてあげて、イリス……」


 だがなぜか、龍の子はデスソースがけのほうを気に入ってしまったようだ。

 おそるおそる口にスプーンを運び、ちょろっとなめたあと…… 真昼の太陽のような金の瞳を丸く見開いたと思ったら、猛烈な勢いで食べ始めた。


「気に入ったのか? まだまだあるし、飲み物も好きなのを取るといい」


 俺がドリンクバーの使い方を教えてあげると、龍の子は、さっそく色々なボタンを押し、すさまじい色の液体を作りあげた…… どこの世界でも子どもはこれ、やるんだな。


{こっちのテーブルに、東海岸部この辺の3大珍味も、そろってるのですよ、坊っちゃん!}


 イリスが声をかけたとたん。

 龍の子の顔がひきつった。ガタガタ震えながらも、あわててテーブルのほうにとんでいく。

 どうやらイリスに、ばっちり教育されてしまったようだ。

 さっきの 《スライムボディー流入》 、そんなにこわかったのか……


{坊っちゃん、ワインはいけるのですか? ロースト巨大海牛グルーン丼が、オススメなのですよ、坊っちゃん}


 イリスは龍の子に話しかけながら、手際よく料理をとりわけ、グラスにワインを注いでいく。

 最初は全身をガクブルさせてイリスの顔色をうかがっていた龍の子も、目の前に、グラスと料理の盛られた皿が置かれたころには、なんとか落ち着いていた。


{リンタローさま! 乾杯するのです!}


「ああ、そうだな…… じゃ、俺たちの出会いを祝して? 乾杯」


{乾杯なのです!} 「…………」


 グラスがふれあい、軽い音をたてる。

 龍の子は相変わらず無言だが、美味うまそうにワインを一気飲み…… 大丈夫なのかな。

 つい急性アルコール中毒が心配になって見守る俺をよそに、グラスを空にすると、龍の子は初めて言葉を発した。


「ふう、やっと、降伏したのだな、おまえら」


「え?」 {なにを言ってるのですか?}


「我らの土地を征服しにきたものの、我らの強さに恐れをなし、こうして馳走ちそうなどして命乞いをしておるのだろう?」


{あの、リンタローさま! この坊っちゃんに、もういっかい、流入していいですか?}


「いや、まてイリス」


 《流入》 って聞いたとたん、坊っちゃん、もう部屋の隅っこにとんでいっちゃったから。

 縮こまって、涙目でブルブルしてるから。


{ほんとにもう、なのです!}


 俺も部屋の隅までいって膝をつき、まだガクブル震えている龍の子と目を合わせた。


「俺たちは、竜神族を征服しようとしたわけでも、逆に降伏して命乞いしてるわけでも、ないんだ。あと、スライムボディー流入は、もうしないから」


「ほんとうに、ほんとうか?」


「ほんとうだ」


「なら、残りのワインも、飲んでいいか?」


「気に入ったのなら飲んでもいいが…… 酔ったりしないか?」


「? 『酔う』 とは、なんだ?」


 アルコールは心配いらなそうだな。


「ワインもいいが、とりあえず、食べないか?」


「食べてやってもいい」


{もうっ、リンタローさまへの態度が悪すぎるのです}


 イリスは不機嫌そうだが、まあ、この程度ならなんてことはない。

 なんとか龍の子をテーブルに戻し、食事を再開する。

 食事とワインが進むにつれ、龍の子はしだいに饒舌じょうぜつになっていった。


「―― おまえらも、やつの仲間かと思ったんだが、違うな! おまえらは、いいやつだ」


「ちょっと待ってくれ」


 いやな予感がする。


って、どんなやつだ?」


「黒い服を着てて、なんか薄暗い男だ。が、魔力量は人間にしては多いな」


「へえ……」


 思い切り、既視感のある男だな。


「そいつが、いったい、なにをしたって?」


 俺が尋ねたとき。

 ヘリが、揺れた。

 ガッガッガッガッ…… 

 装甲を硬いもので叩いているような音。

 それに合わせて、ヘリが、ぐらりぐらりと左右に傾く。

 こんどは誰が、来たんだ ―― ?


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