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第82話 竜神族がやってきた

{リンリン3号、すごいのです! 分身ズみたいで、分身ズより気が利くのです! 思ったことを先取りして、動いてくれるのです!}


「へえ…… つまり、シンクロ率が最初から∞か。劇場版のシ○ジくんだな」


 スライム・ヘリ 『リンリン3号』 のなかは、普通のヘリとはまったく違う造りになっていた。

 窓はなく、代わりに監視モニターで外の様子を確認できる。監視モニターの下には、本来のヘリコプターよりずっと単純化された操作パネル。

 ほかは、普通の部屋と同じだ。テーブルにソファ、ベッド。奥のほうにはシャワールームとキッチンまであって、余裕で泊まれる。

 見た目よりも、内部空間が広いのだ。

 我ながら、理不尽なものを作ってしまった……


 ピロン!

 AIが俺にしか聞こえない音で、解説してくれる。


【スキルレベル44で称号 《ダンジョン建築士》 を獲得したためですね。建築物等の錬成の際には内部空間のサイズを自由に設定できるようになりましたので】


 それはすごいが、俺、いったい何を目指してるんだ……?


【ww なんにでもなれるのは、スライムだけではありませんよww】


 名言ふうに言われても、ダンジョンマスターになるつもりはないからな。


 ぷぴゅんっ

 イリスが操作パネルの前に立った。


{さっそく、出発ですか?}


「そうだな…… ああでも、部屋のどこにいてもシンクロ操縦できるはずだ」


{ほんとですか!?}


「うん。そのためのスライムボディー機体だから。ためしに、ソファにでも座ってみたらどうだ?」


{やってみるのです!}


 ぴゅんっ…… ぽすっ

 イリスがソファに埋もれたとたん。

 プロペラの回転音がかすかに聞こえた……

 ふわり。

 宙に浮く感覚。

 あっというまに、フロントガラスが青空に浸される。


{発進なのです!}


 モニター画面には、ミニチュア模型のように港の景色が広がっている…… 俺たちがさっきまでいた空き地も、もはやその1パーツだ。港の向こうに光って見えるのは、バフォマの街だろう。豊かな商業都市らしい。

 街を秒で抜け、俺たちは海の上に出た。

 北へ ―― 海と空の青が、より濃くなっていく方向を目指して、進む。


{ね、リンタローさま!}


 イリスの声がはずんでいる。


{限界まで速くしてみて、いいですか?}


 でた、スピードジャンキー。


「まあ、別にかまわないが…… 構造上、時速400km程度しか出ないぞ」


{じゅうぶんなのです!}


 次の瞬間、からだにぐっと押されるようなGがかかる ―― 一気に加速したな。


{きゃあああああ! 風が気持ちいいのですうううう!}


 室内には風がないのに、イリスの髪だけが、風になびくように、ふわっと後ろに流れている。

 イリスは、ばんざいしながら叫んだ。


{最高ですううううう!}


 ―― やがて、前方左側に、そびえるように切り立つ崖が見えてきた…… 遠目にもわかる、ごつごつした岩肌。

 ノルドフィノ高地だ。

 ヘリは減速しつつ高度をあげ、崖に近づく。


{どこか適当な場所を見つけて、着地するのです}


「うん、頼む…… っ!?」


 急に、機体が大きく揺れた。


「イリス、どうした?」


 ―― いや。

 聞くまでも、なかった。

 一瞬、モニター画面を、巨大な影がうねるようによぎる…… こいつが、機体を叩き落とそうとしたんだな。

 そいつは機体からいったん離れると、長い身体をしならせ方向転換した ―― 竜神族だ。

 陽光に、鱗がきらめく。

 大空をバックにくるくるとリボンのように輪を描くさまは、いっそ優美なほどだ。

 自分が攻撃されてるんじゃなければ、だが ―― などど、言っている場合じゃない。

 今度は、真っ向からぐんぐんと近づいてきた。

 あり得ない、スピードだ……!


{攻撃するですか、リンタローさま!?} 


「まて。俺たちは彼らと交渉にきてるんだ。なるべく、穏便に済ませたい」


{了解です! 避けるのです!}


 フロントガラスいっぱいに広がっていた龍の顔が、ふっと消えた。

 イリス、速度を上げるかわりに、ヘリの高度を下げたんだな。

 だが、危機を切り抜けた、とか言える状況じゃない。

 巨大な黒い鉤爪かぎづめが何度もモニターに大写しになるし、しなる丸太のようなしっぽの影が、何度も横切るし……


{ぷぷぷっ、甘いのですう!}


 イリスは楽しそうに、龍の腹すれすれを飛びながら度重なる攻撃をうまく避けてくれているわけだが……

 俺は正直、ひやひやしっぱなしだ。


 モニター画面を、鱗に覆われた身体が苛立たしげに何度も横切る。

 ―― 相手は巨体であるぶん、小回りもきかない。

 いま俺たちが胴の下に入り込んでいるから、長い身体がネックになって攻撃できないんだ……

 と、わかってはいるが、やはり恐いものは恐い。


「イリス、大丈夫か?」


{はいです! このあたり、安全地帯なのですよ、リンタローさま}


「わかってる…… 相手が諦めるまで、気長に避けていこう」


{りょーかいなのです!}


 イリスがうなずいたとき。

 こちらを向いた龍の口が、大きく開いた ―― そして、歪む…… いや。

 燃えるような色の口から放たれた熱気が、陽炎かげろうのごとく視界をゆらゆらと揺らしながら、襲いかかってくる。

 攻撃範囲が、広すぎる。

 避けようが、ない……! 


{ぷっふぅぅぅぅぅぅっ……!} 


 機内の温度が、あっというまに上がる。

 スライム・ヘリの多層CカーボンNナノTチューブ装甲は、熱耐性が高いが、同時に熱伝導性も高い。機体にこもりがちな熱を放出するのに適した素材のはずだったんだが、こうなると……

 イリスの身が、心配だ。


「イリス、熱、大丈夫か!?」


{平気です! 温感まではシンクロしてないのです!}


「そっか…… このまま、耐えきれそうか?」


{うううっ…… がんばるのです!}


「いや、頑張ってどうにかなる問題じゃないから!」


 なにか、対応を考えないと。

 それも、早急に。

 いくら熱耐性が高い装甲でも、このまま高温にさらされていれば、やがては燃えてしまう。

 ―― 竜神族がこんなに攻撃的だと知っていれば、最初から対策をしていたのに……!


「―― そうだ。水だ!」


 単純に考えれば、熱が機体に届く前に蒸散させてしまえばいいわけだ。 

 ならば、CNT装甲の外側に水の膜を張る……!

 ―― これならさっそく、新しい特殊スキルが使えそうだ。

 チート能力と合わせて……、と。


「《九重錬成》! 《神生の大渦》!」


 監視モニターを見ると、機体の外側全体に9つの錬成陣が広がっている。


「スプリンクラー、同時錬成開始……! 《超速 ―― 300倍》 、錬成終了」


 CNT装甲が形を変えた。

 プロペラの中央、機体の前後左右、そして下側…… 装甲から飛び出すような形になった9つのスプリンクラーから、際限なく水が散布され、機体を覆う。

 もちろん、龍の吐く熱気で、覆うそばから水は蒸発していくのだが……

 《神生の大渦》 は 同じものを同時に取り出すときは、いくら取り出しても1回にカウントされるチート技だ。

 水だけなら、無尽蔵に供給できる……!


{ありがとうです、リンタローさま! これなら、もちそうなのです!}


「よし、じゃあイリス。このまま突っ切るぞ」


{りょーかいなのです!}


 うねる龍の、巨大な身体の隙間をぬって。

 ヘリは最高速度で、陸地を目指す。


「うっ、わっ!」


{あっ、ごめんなさいです! リンタローさま!}


ひあいやひひいい……」


 自衛隊もびっくりのアクロバット飛行で、舌をかんでしまった…… そういえば、前にもそんなこと、あったな。

 ―― ともかく。

 陸地はもう、目の前だ。


{着地、なのですぅぅっ!}


 ヘリはいったん上昇し、すぐに、ほとんど墜落するような勢いで、地面に降りていった。

 また、舌、かむ……!

 覚悟した割に、衝撃は軽かった。スライムボディーの機体のおかげかもしれない。

 身体が少し浮き、それから、揺れがおさまる……

 龍からの攻撃も、ないようだ。

 ―― 陸地であの規模の熱気攻撃をしたら、土地ごと溶けてしまいそうだからな。

 その辺は、竜神族もわきまえているのだろう。


{到着です!}


「イリス、お疲れ様」


{いえ、それほどでも。楽しかったのです!}


「うん、それはよかった」


 たしかに、全身から虹色のグリッターが漂って、鼻歌まででてきてたもんな、さっきのイリス ――


 ともかく、竜神族があれだけ狂暴な種族とわかった以上は、普通に交渉できるはずがない。


「俺たちはヘリから降りる前に、竜神族への傾向と対策をもう一度、練る必要があるんだが…… イリス、なにか知ってるか?」


{ええと…… ちょっと、わからないのです}


 イリスは、ぷりゅんと首をかしげる。


{あっ、でも…… 竜神族のなかでも変わったひとは、人間の姿で下界に降りて暮らしてるそうですよ!}


「へえ…… 人間の姿になれるのか、竜神族 ……って、つまり」


{つまり?}


「これ、降りた瞬間、危険なんじゃ?」


 人間の姿になれるんじゃ、 『仮説:竜神族は陸地では襲ってこない。なぜなら巨大すぎるから』 が、真っ向否定されてしまう……!


{あっ、ていうか、もう詰んだみたいです}


 イリスが言い終わるか終わらないかのうちに。

 ぐらっ……

 機体が、斜めに傾いた。


「まさか……!」


 モニターを確認すると、青く長い髪に浅黒い肌、硬い鎧のようなものを着た子どもがヘリの横に立っている。機体に向かって真っすぐ突き出された腕がぶるっと震える…… そのたび、ヘリは崖に向かって押されていく……!


{竜神族さんは、人の姿になっても、力は強いみたいですね!?}


「いや、感心してる場合じゃない!」


{もちろんです! 上昇!}


 イリスがプロペラを再び回転させる。

 子どもは、風圧にまったく動じていない…… さすがは龍、といったところなんだろうか。


「高く上がりすぎるな。この子の背丈ギリギリで頼む!」


{りょーかいなのです!}


 機体が宙に浮く。

 よし、とりあえずは、この龍から逃げ切ろう ―― だが。


{あわわわ…… ついてきちゃったのです!}


 イリスの焦った声。

 子どもの姿をした龍は、さっき俺が装甲の表面に作ったスプリンクラーに、がっつり、つかまっていた。


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