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10、出し物決定

 昨日、一緒に帰っていた天羽さんと別れて帰宅してから、僕はずっと気分が高揚していた。きっと今までろくに女の子と話したことがなかったので、彼女との会話が新鮮に感じられたのだろう。


 現に今朝も、目が覚めてから、昨日の帰り道のことを思い出しては心臓がどきどきと鳴っていた。朝ごはんを食べている時も、僕がぽーっとしてので、しまいには母親に「何ぼうっとしてるの」と怒られる始末だった。

とにもかくにも、僕はその日から彼女のことが気になって仕方がなくなっていた。



「今から文化祭の出し物を決めたいと思います」


 さて、いくら実行委員で天羽さんと会えることが嬉しくて、これからの学校生活が楽しみになったとはいえ、委員としての任務をほっぽりだすわけにはいかない。来週の金曜日までにはクラスでやる出し物を決めておかなければならないのだ。


「何か案がある人は挙手してください」


 クラス会で僕が教壇に立ってクラスメイトに呼びかけてみたものの、予想通り手を挙げる人はいなかった。普段から前に立つことに慣れていなかった僕は、「はあ」とため息をつきながら、昨日一人で予め考えておいた案を黒板に書こうと思ったが、その時。


「はいはーい」


 驚いて声がした方を見ると、三宅君がぴしりと手を挙げていた。


「三宅君、何か案がありますか?」


 アイスブレイクをしてくれた彼に感謝しながら、彼に発言を促すと、彼は持ち前の明るい声でこう言った。


「メイド喫茶やろうぜ!」


「……」


 彼の提案に、一瞬教室の空気が凍りつく。だが、流石はクラスの人気者、すぐに彼に賛同する人たちが現れた(支持者のほとんどが男子だったが)。


「メイド喫茶やろう!」


「俺も賛成」


「女子の可愛い姿見れるしな」


 口々に賛成の声を上げる野郎どもを見ていると、君たちぶっちゃけ他の案を考えるのが面倒なだけじゃないかと疑いたくもなったが、皆がやりたいと言うならこれほど楽なことはない。


 クラスの女子も、最初は「えー」とか、「男子最低」と悪態をついていたが、最後には男子の押しに負けて、「仕方ないなあ」と渋々了解した。そうはいっても、彼女たちのワクワクした様子を見ると、内心メイド喫茶をやりたがっていることがバレバレだったし、何はともあれ一件落着したようだ。


「では、2年A組の出し物はメイド喫茶にします」


 その日の放課後、クラス会でまとまった案を担任の先生に報告するために、僕は職員室を訪れた。


「失礼します」


 職員室に入ると、誰か先生が飲んでいるのか、コーヒーのいい匂いが鼻をかすめた。


 僕はざっと室内を見回して二階堂先生の姿を探す。すると、すぐに先生を見つけたが、先生は女子生徒と話している最中だった。しかもその女子生徒が天羽夏音だと分かった途端、僕は胸の鼓動が高まるのを感じた。


 彼女はこちらに背を向けており、僕の存在には全く気付いていないようだ。反対に、二階堂先生の方は自分を見ていた僕に気が付き、


「おう水瀬」


 とまるで友達であるかのように声をかけてきた。


 先生の呼びかけで、天羽さんも僕に気づいて、振り返って「やっほー」と手を振ってくれた。


 彼女の、たったそれだけの仕草にどきどきして、僕は彼女の顔を直視できなかった。


「水瀬、俺に何か用か?」


 天羽さんが二階堂先生と話していたので、正直今先生に報告をすべきかどうか躊躇っていた。だが彼の方から話しかけてきたので、天羽さんに悪いと思いながらも先生に今日の話し合いの結果を伝えた。


「おーメイド喫茶か、やるな~」


 出し物の話をすると、先生は完全に高校生のノリで賛成してくれた。僕はてっきりメイド喫茶なんて不純だからだめだとでも言われると思っていたので、先生の楽しそうな反応に拍子抜けしてしまった。


「いいんですか?」


「おう、やっとけやっとけ。学生のうちはやしたいことを思い切りやるに限るさ」


「ありがとうございます」


 それから彼は「はっはっは」と良い声で笑う。どうやら今日の二階堂先生はいささかご機嫌のようだ。

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