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11、彼女の強み


「へぇ、メイド喫茶やるんだ」


 僕らの話を横から聞いていた天羽さんも、楽し気にニコニコ笑っていた。


「不純だろ」


 僕もわざとらしくおどけて言ってみせる。それが彼女には可笑しかったらしく、またふふっと笑った。


「不純ですねえ。でも楽しそう」


 彼女は僕に乗ってそう言った。


「そうだな、僕もなんだかんだ楽しみになってきたよ」


 その後僕は二階堂先生に出し物案提出の許可をもらい、職員室を後にした。天羽さんも、


「また聞きに来ます」


 と言って先生に頭を下げていた。どうやら今日は国語の質問をしに来ていたようだ。つくづく彼女は真面目だと感心する。


 二人で職員室を出た僕たちは、何とはなしに昨日と同じように一緒に帰ることになった。僕はまた彼女と一緒に帰れるだけで舞い上がりそうなほど嬉しかったが、チラリと横目に見た彼女はいつもと変わらない様子だった。


 僕と天羽さんは学校を出てずっと直進したところの、小さな公園まで通学路が一緒だった。小さな滑り台と椅子が置いてあるだけの公園。そこから僕の家は東方面に、彼女の家は南方面に位置するので、僕たちが一緒に帰れるのはそこまでだった。


 学校を出て5分程歩いたところ、大通りに面した場所に僕が初めて彼女を見かけた書店がある。その書店を通り過ぎた頃、僕は彼女に、クラスの出し物を何にするか聞いた。


「私のクラスは、クラスの皆がそれぞれ自分の展示したいものを持ち寄って展示することにしたの。『なんでも展示店』って感じかな」


「へえ、それ、すごい面白そうだね。天羽さんはやっぱり絵を展示するの?」


「うん、そうするつもり。私は絵ぐらいしか出せるものがないから」


 彼女はそう言うが、僕には誇れるものが何もないので、絵が描けるというだけでも十分な取柄だと思う。まして彼女は頭も良くて容姿端麗で、その上他人からの信頼も厚いのだから、これ以上ないくらい素敵なものを持っている気がする。


「天羽さんには、絵だけじゃなくて色んな強みがあると思うよ」


 彼女に対して、これまで抱いていた印象を正直に伝えた。すると彼女は、怒っているような、泣いているような複雑な表情で何度か目を瞬かせた。西日が、顔の半分を焼き尽くす。彼女の足元に落ちた影が、一歩足を踏み出すごとにずんと大きく揺れた。


「私に、色んな強みがあるって?」


 何故だろう、彼女の声がいつもと違って僅かに低く、張りつめたように聞こえる。


「うん、僕はきみが羨ましいよ」


「羨ましい、かな」


「きっと皆が思ってることだよ。僕も、きみみたいに才能があったらいいのにって」


 影はそこで止まる。小さな公園の約20メートル手前。

 彼女がなぜそんなところで立ち止まったのか分からない僕は、思わず「どうしたの」と声をかけた。

 でも、今考えればその行動は間違いだったのかもしれない。


 立ちすくんでいた彼女は、俯いて震えながら——泣いていた。


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