目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

12、本音



 立ちすくんでいた彼女は、俯いて震えながら——泣いていた。


 まずい。

 彼女を泣かせてしまうなんて。思いもよらなくて、慌てて彼女を慰めようとした。けれど何と声をかけても僕の声が聞こえていないかのように、彼女は頷くことも首を横に振ることもしなかった。僕は途方に暮れ、とにかく道端に立ち止まったままでいるのは良くないと思い、彼女を無理やり公園まで連れて行った。


 小さな公園だったけれど、木製の椅子がいくつかあった。僕は彼女をそこに座らせ、自分も一緒に隣に腰を下ろす。今度は背中が、夕日の熱を帯びた。影は、先ほどより小さく団子のように丸くなる。彼女はもう泣いてはいなかったが、膝の上で両手をぎゅっと固く握りしめていた。


「……水瀬君」


 不意に彼女が僕の名前を呼んだ。


「私の、何が羨ましい?」


 ひどく弱々しい声だった。膝の上できゅっと握りしめた手が震えている。影も僅かながらに揺れていて。彼女が感情的になっていることは明らかだった。


「それは……さっきも言ったけど、きみには色んな才能があるから。勉強ができて、皆から好かれてて、それに、か、かわいいし……」


 最後の台詞は恥ずかしくてろくに彼女の方を見ることができない。


「そいうのって、誰でも持ってるものじゃないと思うんだ。神様は不公平だからさ、世の中の人全員に平等に優しい訳じゃないから。あ、別にこれは僻みではないんだよ。ただ、きみは神様に選ばれてたくさんのものを手にしたと思うんだ。もちろん、きみの努力に拠るところもたくさんあると思うよ。それでも、頑張っても何も得られない人もいる中で、きみはちゃんと手に入れるべきものを得ている。それが、僕にとってはすごく羨ましいんだ」


 僕がそう彼女に本音を告げると、彼女は再び瞬きを繰り返し、自分の足もとを見つめた。


「……私って、そういう人間に見えてるんだ」


「え?」


「水瀬君、確かに私は成績を上げるために勉強してる。他人からよく見られたいって思って身だしなみにも気を遣ってる。でも、名前も知らない人から『あいつは愛想がないやつ』とか、『何でもできて羨ましい』って勝手に言われるの」


 足もとの一点を見つめたままの彼女は、僕が今までに見てきた、いつもにこにこと笑っている朗らかな彼女ではない。悩みを抱えた、どこにでもいるような女の子だった。


「本当はね、すごく必死なんだ。どうやったら友達に嫌われないか、省かれないか、成績が落ちぶれないか、不細工なやつだって思われないか、愛想がないって言われないか……家族と、上手くやっていけるか」


「家族……?」


「私のお母さんは、お父さんに暴力を振るわれて捨てられて、他人のことが信じられなくなった。新しい義父さんと再婚したけど、その人は何回も浮気して、結局また別れることになったの。それからお母さんもだんだんおかしくなって、ストレスを発散させるために、物に当たったり、私に暴力したりするようになった。最初は優しかった母親が、他人のせいで壊れて、私のこと傷つけるようになった。だから私も、他人を信じることができない」


「そんな……」


「私ね、極度な人間不信なのよ」


 握りしめていた彼女の手にポタポタと水滴が落ちる。場違いだが、黄昏時の光を反射してきらきら光るそれが綺麗だと思った。今までに見たどんな彼女とも違って、ほんの少し触れただけで今すぐにでも壊れてしまいそうなのに。


「それでも、私のこと羨ましいって思う?」


 彼女の質問に、僕は答えることができずに黙り込んでしまった。彼女の方も、僕が答えられないことを知っていたのだろう。眉を下げて笑ったまま「そうだよね」と頷いた。


 何も言えないよね、横にいる彼女の心の中からそんな言葉が聞こえるようだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?