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13、本当のきみ


「急にこんな話してごめんね。びっくりしたでしょう? でもこれが本当の私なんだ。ううん、私の“本当”なんだ」


 彼女は今、一体どんな気持ちなのだろう。


 他人から見た自分と、自分の中の自分が乖離していて、そのことを誰にも分ってもらえない。いや、そもそも人を信じることができない。信じたいと思っても心が拒否してしまう。


 そんな彼女の葛藤を知らずに、「羨ましい」だなんて軽率な発言をしてしまった自分がとても情けなくて、彼女にかける言葉さえ見つからない。


 何を言えば彼女の心を癒せるのか。

 どうすれば僕の声が届くのか。


 必死に頭を動かして、彼女に届けられそうな言葉を考える。どんな難解な問題を解く時より激しく。回れ、僕の頭。血がめぐる。考える。頭が熱くなる。それなのに、この瞬間に正確な答えを出すことができなかった。


「天羽さん、ごめん。僕はきみの気持ちをちっとも考えられていなかった。それに今、きみにどんな言葉をかけてあげればいいのかも、正直分からない。だからその答えが見つかるまで、きみの隣にいるよ」


 こんなこと言ったって、彼女の心が癒えるわけがないということは分かっていた。まだ出会ってからそれほども経っていないし、そもそも彼女の心に僕は棲んでいるのだろうか。


 分からない。知りたいと思うけれど、まだそんな勇気もなくて。だから、今僕がきみにあげられる精一杯の言葉を贈ったつもりだ。


 チラリと隣を見ると、彼女はもともと大きな瞳をさらに大きくさせ、何か珍しいものを見るかのような目で僕を見つめていた。


「隣に……」


「うん。きみが僕を信用してくれなくても、僕はきみの努力も、頑張りも、一生懸命な姿も、それに、他人を信じられないっていうきみのことも全部本当のきみだって信じて側にいるよ」


 今の彼女に、僕の言葉がどれくらい届いたのか分からない。

 でも、隣に座っている彼女の表情が、次第に和らいでいくのが見てとれ、僕も少しほっとした。


「水瀬君」


「なに?」


「私も、いつかちゃんと他人を信じられるようになりたい。今はまだ難しいけれど……でも、頑張るから見てて」


 先ほどよりも声に張りがあった。彼女はもう、涙を流してはいない。


「隣で、見てて」


 僕は彼女の瞳に吸い込まれるように、無意識のうちに頷いていた。

 僕たちは、まだまだ出会って間もないけれど、一緒にいることが何故だか必然のような気がしていた。運命、なんて乙女チックなことは言わないけれど、それに近い力が働いている、そんな気がする。


「今日は突然泣いたりしてごめんね。また明日から実行委員の仕事頑張ろう」


「そうだね、お互い頑張ろう」


 二人一緒に立ち上がり、それぞれ別の方向に歩き出した。思ったよりも影がすっと伸びて、もうかなり日が傾いたのだと悟る。


 今日僕は、彼女の秘密を知ってしまった。しかし、そのことで今後彼女を見る目が変わることは絶対にない。それどころか、皆が知らない彼女を知ることができて嬉しいとさえ思っている。


 だからこれからは、彼女が他人のことを信じられるようになるまで見守っていこう。

 彼女が道に迷ったとき、泣きそうなとき、ずっと彼女の側にいよう。

 そうしていつか、彼女が誰かを心から信じられるようになったら、僕は彼女にこう言おう。


 本当のきみを見つけてくれてありがとうって。




【第1章 再会 終】


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