「昨日は急に電話してごめん。来てくれてありがとう」
もう一度会ってくれないかと昨夜彼女に電話してから、本当に彼女が会ってくれるかどうか不安だった。でも、今日待ち合わせの駅に彼女の姿を見つけると、胸の奥の不安がすーっと抜けていくのが分かった。
「ううん、電話が鳴ったときはびっくりしたけど……嬉しかった」
「そっか。にしても、電話番号変わってなくて良かった。繋がらないかと思ったよ」
「番号変えるの面倒だし、それに……もしかしたら友一と、また会えるかもしれないと思って」
「それって」
「なーんてね」
くすくす、と口に手を当てて彼女は目を細めた。昔から彼女には独特な会話のペースとノリがあったのを思い出す。高校生時代だって、彼女の言動にいちいち心を乱されていたんだっけ。
「それで、今日はどうして私と会おうと思ったの?」
「ちょっと行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ?」
「ああ、貴船神社。知ってるか?」
「え、ええ、もちろん知ってるわ。京都に来る前に人気の場所は調べたのよ」
「そうか。実はまだ一度も行ったことがなくて、行ってみたいと思ってたんだ」
「そうなんだ。でもそれって」
彼女が一瞬、反応に戸惑い目を泳がせた。分かっている。きみの疑問の声ぐらい、とっくに聞こえてきたから。
僕は大きく息を吸い、意を決して口を開いた。
「僕と、デートしてくれないか?」
彼女に対し、こんなことを伝えるのは久しぶりだった。終わってしまった僕らの関係を思うと、些か勇気がいった。
彼女がどんな反応をするか怖かった。しばらく黙ったままだったから、失敗したなと諦めかけた。が、僕の心配も束の間、彼女は「うん」と頷いてくれた。
叡山電鉄の
夏休み中というだけあって、この暑い中観光地へと向かう乗客は多く、一車両だけの車内がたくさんの人で満たされていた。
「人、いっぱいだね」
「ああ」
いくら冷房が効いているとはいえ、これはかなり堪える。
ガタンゴトンと電車が揺れる度、立っている乗客が左右に揺れて時々押し潰されそうになる。
『次は貴船口、貴船口です』
次の停車駅を知らせる車内アナウンスが流れた時、流石に乗客も少しは減っていたが、まだ7割ぐらいの人が残っていた。どうやら皆同じような所に行くのだろう。
『貴船口、貴船口です。お降りの際はお忘れ物のないようお気を付けください』
「ぷはー! やっと着いたな」
「しんどかったねぇ」
貴船口に着いて電車から降りると、新鮮な外の空気が肺いっぱいに流れ込んできて、自然と背筋が伸びる。一緒に降りた他の乗客たちも、肩を回したりしばらく遠くの山の景色を眺めたりしていた。
「気持ち良いなぁ」
「うんうん、空気がきれい」
「よし、それでは神社に参りますか」
「参りましょう」
昔のように彼女とテンポの良い会話ができるようになってきた。僕たちは互いに顔を見合わせて笑って、それから貴船神社までの道を歩き始めた。貴船口から貴船神社まで、さらに30分程歩くことになる。神社までの道中はずっと登り坂だ。一人で登るのはちょっと苦しいが、二人で歩くと不思議とそこまで辛くない。坂道の途中で土産物屋や川床のある食事処がたくさん見受けられた。
「もうすぐ着くぞ」
前方にお馴染みの赤い鳥居と灯籠が見えてきた。よく、広告やSNSで見かける光景が目の前に広がっている。
「わ、あの赤い灯籠、広告とかでよく見るやつだ」
夏音は灯籠に感激したのか、いつもより声のトーンが高い。
「すごいね、綺麗だね!」
スマートフォンを片手に写真を撮りながら石段を上る彼女は心底楽しそうで、連れて来て良かったと思った。
石段を上り終えると、参拝をするため手水舎で手や口を漱いで清める。
「冷たいね」
「ああ、気持ち良いくらいだ」
僕たちの他にも参拝客は多く、流石は由緒ある神社だと感心する。
本殿の賽銭箱に五円玉を投げ入れて僕たちは両手を合わせた。
心の中で願い事を唱えてうっすらと目を開けると、彼女はまだ隣で目を瞑っていた。何を願っているのか気になったが、こういうのは聞かない方が良いだろう。
ようやく彼女が目を開けると、僕に見られていたことが恥ずかしかったのか、視線をそらして「行こ」と先に行ってしまった。