目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

2、もう一度、側に

「あれ、何だろう」


 前を行く彼女が巫女さんのいる方を指さして言った。


「水占い?」


「ああ、あれはな、占いの紙を神水に浸すんだ。そうしたら文字が浮かんでくるらしい」


「へえ~面白そうね。やってみましょう」


 ここに来る前に調べておいたことが功を奏し、彼女の関心を買うことができたようだ。

 水占いみくじを買った僕らは、本殿の右手奥にある水占齋庭の神水にそれを浮かべた。


「何が出るかな」


 たかがおみくじ、されどおみくじ。何も書かれていないみくじの紙が水に浸ってゆく様を緊張しながら見つめた。しばらくすると、紙に文字が浮かび上がってくるのが分かった。


「見て、私大吉だ。ねえ、友一は?」


 彼女の嬉しそうな声と、僕の肩をトントンと叩く感触に少しドキッとしながら僕も自分のみくじを見た。


「……小吉だって」


「小吉かぁ。微妙だね」


 わざとらしくそう言う彼女はいたずらっ子の笑みを浮かべていた。


「学問、『努力すべし』だって」


「本当だ。神様は分かってるな」


「ふふっ」


 僕の冗談に彼女が再びくくくと笑った。

 それから僕は水占いみくじを結び所に結んだが、彼女は「大吉だから」と言って、少しの間それを乾かした後、きれいに折りたたんで財布にしまった。


 水占いを終えてしばらく境内を歩いて回った。奥宮まで行って、入り口の鳥居のところまで戻って来る頃には僕も彼女もかなり疲れていた。夏場ということもあり、背中や額から大量の汗が吹き出していたが、不思議と気持ち悪さはない。その代わり、彼女が汗臭いと思わないかということが心配だった。


「ちょっと休んで帰らない?」


「うん、そうしよ」


 僕の心配をよそに、夏音は貴船神社を出てすぐのところにある甘味処と書かれたお店を指さして言った。僕もお店に視線を合わせる。木造のお店は、外観だけでも心がほっこりするような温もりを感じさせた。

 こういうデートの時、休憩の時間は貴重だ。落ち着いて彼女と話ができる。甘いものは二人とも好きだしね。


「私、これが食べたい」


 彼女はメニュー表の一番上に書かれてあった抹茶パフェを指さした。


「何それ、おいしそう」


「でしょ」


「うん。僕もそれにする」


 抹茶パフェを二つ注文したところで、僕たちはお冷グラスに口をつけた。こうして向かい合って座っていると、夏休みに初めて彼女と再会した日を思い出す。喫茶店「来夢」でアイスティーを啜っていた彼女。あれからまだ一週間程しか経過していないのに、目の前にいる彼女に対する僕の気持ちは全く別物になっていた。


「あのさ、夏音」


「ん、どうしたの?」


 僕は彼女に改めて今の気持ちを打ちあけようかと思った。しかし、タイミングが良いのか悪いのか、店員さんが注文した抹茶パフェを持ってきたので僕たちの会話は一時中断される。それより今は、目の前のパフェだ、パフェ。


「お待たせしました」


「わ~! おいしそう!」


 彼女も目の前のパフェに完全に気を取られてしまい、会話どころではなくなった。

 潔くスプーンを手にする。彼女は戦闘開始の姿勢で、上に乗っていたアイスをすくう。抹茶パフェは抹茶ソフトクリームに白玉とあんこ、さらに抹茶ババロアがトッピングされていてボリューム満点だった。


「はう~見た目通りの味!」


 片手で頬を押さえながら幸せそうな表情を浮かべる彼女を見ていると、僕も自然と頬が緩んでいた。

 彼女と同じように抹茶パフェをスプーンで掬って食べると、甘すぎない抹茶ソフトクリームの深みのある味が口の中でじわっと広がり、疲れた体を癒してくれた。


「京都の抹茶パフェって最高ね」


「僕も初めて食べたけど、これはやみつきになるな」


 二人で由緒ある神社でお参りをしておみくじを楽しむ。

 おいしい物を食べて、おいしいと共感する。

 そんな当たり前の時間が、今の僕にとってどんなものよりも愛しかった。


「ごちそうさまでした」


 丁寧に両手を合わせる彼女を見て、僕は思った。


 もう一度きみの側にいたい、と。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?