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4、友人の言葉

 その日、僕は帰宅してから何もやる気が起きず、いつかのようにベッドにダイブしていた。考えても無駄だと分かってはいるが、頭の中で今日の出来事が何度もフラッシュバックして、思考を巡らせることをやめられなかった。


 貴船神社でのデートでは、彼女は昔と変わらず、楽しそうに笑っていた。

 だからデートの最中は、彼女の気持ちも僕と同じだと思っていた。


 でも、蓋を開けてみればそんなことは全然なくて。彼女の笑顔は、全て偽りだったのだろうか。「面白そうだ」と水占いの紙を水面に浮かべる時の彼女の真剣なまなざしは。大きく口を開けて抹茶パフェにぱくついた時の満面の笑みは。


「はぁ……」


 僕は何をしているのだろう。

 勝手に彼女の気持ちを想像して、舞い上がって想いを告げて、玉砕して。


「格好悪い」


 自身に毒づき、嘲笑う。お前はとんでもない勘違いやろうだと腹を抱えて笑う。僕の中に住まうもう一人の僕は冷静に自分を観察していたのだ。そうでもしなければ、立っていられなくなるから。

 気づいたら目の端から涙が伝っていた。


「何だよ、失恋して泣くなんて、女かよ」


 格好悪い自分を笑い飛ばしたくて、否定したくて、僕は自嘲しながら無意識のうちに携帯電話に手を伸ばしていた。

 呼び出し音が数回鳴った後、電話に出る相手の声が聞こえた。


「もしもし、水瀬?」


「……後藤」


 電話の主はバイト仲間の後藤彬。なぜ僕が彼に電話をかけたのかというと、彼なら僕の情けない失恋話を聞いてくれると思ったからだった。


「何だ何だ、暗い声して。何かあったのか?」


 突然電話なんかしてきた僕に心配そうに訊いてくる後藤。


「僕はどうすれば、いい」


 自分でも分かるぐらい、僕の声は震えていて、電話の向こうの彼もただごとではないと感じたのか、「落ち着け」と諭すように言った。


「何がどうしたんだよ、水瀬。いつものお前らしくないぞ。何があったのか、よかったら俺に話してくれ」


 彼に促されるまま、夏音のことを話した。

 彼女とデートをしたこと。

 また好きになったこと。

 告白して振られたこと。

 彼女も、僕のことを好きだと言ってくれたこと。


「僕は、彼女が何を考えてるのか全然分からないんだ」


 好きじゃないから付き合いたくない、というならば僕だってこんなに悩みもしないだろう。


 でも彼女は違う。

 僕に好きだと言ってくれた。

 初めて再会した時も、彼女の方からやり直さないかと言ってきた。


 それなのになぜ……。


「なるほどな。元カノさんねぇ……。複雑だよな、そういうのって。俺には経験ないけどさ、普通の恋愛とはやっぱ違うだろ」


「普通の恋愛……」


「ああ。相手は元恋人なんだぜ。少なくとも一度は壊れてしまった仲だろ? そこにもう一度信頼関係を築くのって、相当大変なんじゃないか?」


 後藤の言葉に僕ははっとする。

 僕は何か勘違いしてたんじゃないか?

 彼女のことをちゃんと理解しようとしてなかったんじゃないか。


「それと、好きだけど付き合えないって気持ちも何となく分かるよ」


「そうか……」


「とにかくお前はどうしたいんだ? 諦めるのか、追いかけるのか」


 電話の向こうで、後藤の真剣な声が僕の思考に詰め寄った。考えろ。誰かが決めてくれることなんてない。自分のことだ。僕と、夏音のことなんだ。

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