その日、僕は帰宅してから何もやる気が起きず、いつかのようにベッドにダイブしていた。考えても無駄だと分かってはいるが、頭の中で今日の出来事が何度もフラッシュバックして、思考を巡らせることをやめられなかった。
貴船神社でのデートでは、彼女は昔と変わらず、楽しそうに笑っていた。
だからデートの最中は、彼女の気持ちも僕と同じだと思っていた。
でも、蓋を開けてみればそんなことは全然なくて。彼女の笑顔は、全て偽りだったのだろうか。「面白そうだ」と水占いの紙を水面に浮かべる時の彼女の真剣なまなざしは。大きく口を開けて抹茶パフェにぱくついた時の満面の笑みは。
「はぁ……」
僕は何をしているのだろう。
勝手に彼女の気持ちを想像して、舞い上がって想いを告げて、玉砕して。
「格好悪い」
自身に毒づき、嘲笑う。お前はとんでもない勘違いやろうだと腹を抱えて笑う。僕の中に住まうもう一人の僕は冷静に自分を観察していたのだ。そうでもしなければ、立っていられなくなるから。
気づいたら目の端から涙が伝っていた。
「何だよ、失恋して泣くなんて、女かよ」
格好悪い自分を笑い飛ばしたくて、否定したくて、僕は自嘲しながら無意識のうちに携帯電話に手を伸ばしていた。
呼び出し音が数回鳴った後、電話に出る相手の声が聞こえた。
「もしもし、水瀬?」
「……後藤」
電話の主はバイト仲間の後藤彬。なぜ僕が彼に電話をかけたのかというと、彼なら僕の情けない失恋話を聞いてくれると思ったからだった。
「何だ何だ、暗い声して。何かあったのか?」
突然電話なんかしてきた僕に心配そうに訊いてくる後藤。
「僕はどうすれば、いい」
自分でも分かるぐらい、僕の声は震えていて、電話の向こうの彼もただごとではないと感じたのか、「落ち着け」と諭すように言った。
「何がどうしたんだよ、水瀬。いつものお前らしくないぞ。何があったのか、よかったら俺に話してくれ」
彼に促されるまま、夏音のことを話した。
彼女とデートをしたこと。
また好きになったこと。
告白して振られたこと。
彼女も、僕のことを好きだと言ってくれたこと。
「僕は、彼女が何を考えてるのか全然分からないんだ」
好きじゃないから付き合いたくない、というならば僕だってこんなに悩みもしないだろう。
でも彼女は違う。
僕に好きだと言ってくれた。
初めて再会した時も、彼女の方からやり直さないかと言ってきた。
それなのになぜ……。
「なるほどな。元カノさんねぇ……。複雑だよな、そういうのって。俺には経験ないけどさ、普通の恋愛とはやっぱ違うだろ」
「普通の恋愛……」
「ああ。相手は元恋人なんだぜ。少なくとも一度は壊れてしまった仲だろ? そこにもう一度信頼関係を築くのって、相当大変なんじゃないか?」
後藤の言葉に僕ははっとする。
僕は何か勘違いしてたんじゃないか?
彼女のことをちゃんと理解しようとしてなかったんじゃないか。
「それと、好きだけど付き合えないって気持ちも何となく分かるよ」
「そうか……」
「とにかくお前はどうしたいんだ? 諦めるのか、追いかけるのか」
電話の向こうで、後藤の真剣な声が僕の思考に詰め寄った。考えろ。誰かが決めてくれることなんてない。自分のことだ。僕と、夏音のことなんだ。