「僕は、諦めたくない」
このまま、全てうやむやのまま、終わりにしたくない。
今になって彼女と再会したこと、きっと何か意味があるはずなんだ。
「だったら答えなんか一つしかないだろう。みっともなくても、恥かいてでも、がむしゃらに追いかけろよ。くだらないプライドにしがみついてる場合じゃないだろ。もたもたしてると、一生彼女とやり直せなくなるぞ」
電話越しの彼の力強い言葉が、僕の頭の中で何度も反芻された。
そうだ、僕は彼女が好きだ。確かに一度は終わってしまった気持ちだけれど、今はどうしようもないくらい彼女に惹かれている。
「ありがとう、後藤」
「おう、頑張れよ」
僕は親身になって話を聞いて助言してくれた彼にお礼を言って電話を切った。
それから彼女のことを考えた。彼女の気持ちを。
——もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る
不意に、彼女が口にした和泉式部の歌が頭をよぎった。
その瞬間、僕は無意識のうちにネットでその歌を検索していた。
そして、とあるページに書かれていたことが僕の目に飛び込んでくる。
「この歌は夫の心変わりに悩んだ和泉式部が、夫との復縁を願って詠んだ歌である……」
——きっと苦しかったんだろうな……って
寂しそうにそう言った彼女の胸の内を、僕はその時きちんと考えようとしなかった。
あれはきっと、彼女自信の言葉だったはずなのに。
僕はその気持ちを無視して、見えないように蓋をしていた。
「夏音、ごめん」
気がつけば僕はスマホと家の鍵をポケットに入れて家を飛び出していた。
彼女が今どこにいるかなんて、僕には全然わからなかったけれど、走って走って走りまくって、夕方彼女と別れた橋に辿り着いていた。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、橋の下には夜の闇を吸い込んだ川の水が不気味に光っていた。
そして、さっきと同じ橋の真ん中に彼女は立っていた。