「馬鹿かよ。何やってんだよ、僕は。最低で最悪だ。ああああああ!」
突然、僕が頭を抱えて雄たけびを上げたので、さすがの彼女も驚いているようだった。
「2年前、僕はきみを裏切って、その後のきみの声にも気づかないフリして、傷つけて、壊して、拒絶して、ぐちゃぐちゃにして……取り返しのつかないことしてたんだな。それなのにまた好きになったから付き合ってだと? なんて自分勝手で身の程知らずなんだよ! ああもう! 僕は大馬鹿野郎だ」
頭が熱くなり、暴走する脳内の声を止められなかった。もしここに人が通りかかったらかなり不審に思われるだろう。真夏の夜、川辺ではジージーと虫が輪唱する声が聞こえる。僕と夏音の対峙を、彼らだけが覗き見ている。お願いだ、誰も通らないでくれ。
自分自身を罵倒する僕を見て、彼女はどう思っているだろう。きっと途轍もなく滑稽に見えているだろな。
「夏音、ごめん。本当にごめん。こんな言葉信じられないよな。許してもらえるなんて思ってないし、もう付き合ってなんて言わない。きみが嫌だと思うことは絶対にしない。だから、どうするかは夏音が決めてくれ」
僕は彼女に深々と頭を下げてそうお願いした。
彼女はきっと僕を許しはしないだろう。
罵倒されて、叩かれて、川に突き落とされたって仕方ない。
だって僕は、彼女にそれ以上の傷を負わせたのだから。
「そんなの……ずるい」
けれど、予想していた反応とは違い、頭上から降ってきたのは彼女のか弱げな声だった。
僕は思わず「えっ」と顔を上げて彼女を見た。
いつかと同じ、光る雫をこぼしている彼女は、その水滴を拭いながら続けた。
「謝るなんてずるい。そんなこと言われたら、気許しちゃうじゃない。私、ずっと聞きたかったんだ……好きだって言葉。だから今日その言葉を聞いた時、すごく嬉しかったの。今まで生きてきて一番嬉しかった。だって私は、今でも友一のことがどうしようもないくらい大好きなんだもの」
「夏音……」
「大好きだから、怖くて仕方なかった。また同じことになったらどうしようって。今度裏切られたら、私はどうなっちゃうんだろうって。怖くて怖くてどうしようもなくて。だけど、気がついたらまたここに戻ってきてた。もしかしたら、またあなたが迎えに来てくれるんじゃないかって、思って……」
ゆっくりと、彼女の口から吐き出される本音。胸に突き刺さる言葉の数々。
「ねえ友一、今度は最後まで信じていいの……? もうあんな辛い思いしなくていいのかな」
夏音はきっと、欲している。僕が、自分を手放さないという確固たる言葉を。表面的じゃなく、心の底から信じられる想いを。
「ああ。もう二度ときみを裏切ったりしない。もし裏切ったら、今度こそここから僕を川に投げ捨ててくれても構わない」
「ふふっ……なにそれ」
「いや、そのぐらいの覚悟だってことだよ」
「私、そんなことしないよ。大好きな人にそんなひどいことするわけないじゃない」
「ははっ。そうだな、きみは優しい人だから」
静かに、彼女の身体を抱きしめた。途端、懐かしい彼女の香りがふわりと漂ってきて。生まれて初めて、誰かを好きになった時の気持ちを思い出す。高校時代の僕が、夏音に抱いていた透明な気持ち。今その気持ちは倍膨らんで僕の真ん中にあった。
「なに、これ。久しぶりすぎて頭が追い付かない」
「それは、僕もだよ」
彼女の温もりは、懐かしさと共に、複雑な想いを思い出させてくれる。彼女もきっと同じ気持ちなのだろう。きゅっと縮こまっていた身体から次第に力が抜けてゆくのが分かった。
「友一、あなたともう一度付き合いたいです」
ゆっくりと、深呼吸をするように夏音は伝えてくれた。
瞬間、虫の声が聞こえなくなる。それぐらい、彼女の想いをすくいあげようと集中していたのだ。
「ありがとう、夏音。僕を許してくれて」
どれほど勇気がいっただろう。一度裏切られた人を再び信じようとすることに。想像を絶するほどの葛藤があったはずだ。だからこそ、再び僕を信用してくれた彼女を、二度と手放さない。
真夏の夜に雲の切れ間から差し込む月の光の下で、心に誓ったのだ。