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9、寂寥

 委員会が終わってから1時間程度クラスでの準備を手伝い、その日は皆で解散した。

 翌日も、翌々日も、A組の「メイド喫茶」の準備は滞りなく進み、雪の舞祭開催前日、僕は最後の委員会に向かった。既にクラスでの準備を終え、明日から頑張ろうと意気込んだ後だった。

 委員会の教室に向かう途中、珍しく天羽さんと鉢合わせした。


「お疲れ。今日で最後だな」


「うん、思ったより早かったなあ」


 しみじみとそう言う彼女は、心なしか少しやつれて見えた。きっと文化祭前のここ数日間の疲れが溜まっているのだろう。


 教室に着くと、僕たちは定位置に着席し委員会の開始を待った。周りを見回すと、どのクラスの委員もどことなくソワソワしているのが分かった。


 しばらくすると委員長の先輩がやって来て、明日から2日間行われる雪の舞祭での注意点をいくつか述べた。

 それから、「最後まで気を抜かずに」だの、「いち生徒として精一杯楽しむように」だの月並みの忠告もいただいて、本番前最後の委員会が終わる。

 今日はもうクラスも解散しているので、あとは明日に備えて大人しく家に帰るだけだ。


「天羽さん、今日は一緒に帰れる?」


「ええ、今日はD組の皆ももう帰っちゃったし大丈夫」


「そっか、じゃあ帰りますか」


「うん」


 久しぶりに彼女と一緒に帰れるというだけで、僕は自分の胸が高鳴るのを感じた。


「いよいよ明日だね」


「そうだな。あ~やっと仕事が終わったー!」


「ふふっ。まだ終わってないって」


 天羽さんが可笑しそうに笑う。ここ一週間あまり彼女と話していなかったため、彼女が笑うところを久しぶりに見た気がした。


「水瀬君はさ」


 学校近くの、僕らが出会った書店をちょうど通り過ぎた頃だった。真剣な面持ちで彼女は僕の方をちらりと見た。


「文化祭の準備中にクラスで揉め事が起きた時、どうしてた?」


 答えを請い求めるような、切実な瞳を揺らしていた。

 なぜ今更彼女がそんなことを訊いてくるのか僕には分からなかったが、僕はその質問に素直に答える。


「うーん、A組は皆協力的で事件とか起きなかったからなあ」


「そっか、そうだよね。高校生にもなって滅多にそんなこと起きないよね」


「どうしたの、D組で何かあった?」


「ううん。何もないよ。私がいなくても大丈夫なくらい皆働いてくれたし。あ、水瀬君も時間があったらD組の『なんでも展示店』来てね」


「うん、行く行く。きみの絵を見に行かないとね。天羽さんもA組においでよ。て言ってもメイド喫茶だけどね」


「ふふっ。メイド喫茶、一度行ってみたかったし、絶対行くね」


 彼女の「絶対行く」という言葉に僕は嬉しくなってついついニヤけてしまった。幸い、横に並ぶ彼女には僕の緩んだ表情が見えていなかったようで安心する。


「それじゃあまた明日から頑張ろうね」


「ああ、またな」


 小さな公園の前で彼女と別れた後、僕はふと、結局さっきの彼女の質問は何だったのだろうと疑問に思った。

 でもそれ以上に、委員会のあとにこうして二人で帰路につくことももうないのかと、この時ようやく気づいて少し寂しくなった。


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