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13、虚な目

 D組の「なんでも展示店」にやって来た僕は、真っ先に彼女の姿を探した。D組の教室の中をちらと覗く。クラスメイトたちが絵画や書道作品、彫刻などを作って展示をするのだと聞いていたため、楽しみでもあった。しかし、少し見た限りでは教室の中に彼女はいない。

 中にいたD組の人に尋ねてみたが、


「天羽さんは今日来てないよ」


 と言われ驚く。彼女は雪の舞祭実行委員だ。何があっても今日は来るはずだと思っていた。責任感の強い彼女が、自らの使命をほっぽり出して遊びに行くとは思えない。 

それに。


——天羽さんもA組においでよ。


——メイド喫茶、一度行ってみたかったし、絶対行くね。


 昨日の放課後、彼女はそう言って笑っていた。

 それなのに、学校に来ていないのはなぜだ?

 何かがおかしい、と思いながらも僕はとりあえずD組の教室に入った。


 一歩足を踏み入れると、絵具の匂いや墨の匂いが混ざった独特な香りがした。ざっと教室ないを見回す。そこで初めて、「天羽夏音」とサインされた彼女の絵を目にした。


 天羽さんの絵のほとんどは青色で描かれていた。空や海を中心としたものが多く、その青に呑み込まれそうになる。彼女はあまり暖色を使わない主義なのだろうか。 時々黄色や緑色が使われている絵もあったが、赤色だけはどこにも見当たらなかった。

 作品を鑑賞するうちに、ふと違和感を覚える。


 教室の中には確かにクラスメイトたちが作った作品が並べられているのだが、全体の4分の3ほどが絵画なのだ。それだけなら別にそこまでおかしくもないのだが、絵画作品の制作者名の欄は、全て「天羽夏音」という名前で埋め尽くされていた。絵画以外には、書道作品や彫刻、文芸作品がぽつり、ぽつりと置いてあるだけだった。

 つまり、この部屋に置いてある作品のほとんどが彼女の作品であるということ。

 それが何を意味するのか。


——水瀬君はさ、文化祭の準備中に、クラスで揉め事が起きた時、どうしてた?


「ねぇ」


 僕は教室で気だるそうに当番をしているD組の女の子に訊いた。


「天羽さん、なんで休んでるのか知らない?」


「知らないよ。風邪じゃない?」


 つっけんどんな態度で答えてくれるD組の彼女。僕の頭の中で危険信号が明滅した。


 なぜ天羽さんは、昨日僕にあんなことを訊いたのか。

 その答えが、今目の前にいる彼女のクラスメイトと、教室に並べられたたくさんの彼女の作品を見て思い浮かんだ。僕はD組の教室を飛び出し、まだまだ文化祭の高揚感と熱に包まれる校舎を後にして彼女の家の方へと走っていた。といっても、彼女の家の正確な位置を知らないため、いつも彼女と別れる公園までたどり着き、南の方向へ曲がったものの、そこからは一軒一軒家の表札を見て歩くしかなかった。


 どれくらいの時間歩いただろうか。

 歩き疲れた足に疲労が溜まっている。鈍痛に襲われながら、足を引きずるようにして歩き続けた。彼女が抱えているはずの痛みは、こんなものではないはずだ。

 気がつくと「天羽」と書かれた表札のある家の前で、自身の肩を抱いて震えている彼女を見つけた。


「天羽さん」


 僕が彼女の名前を呼ぶと、彼女はビクッと肩を震わせてこちらを振り返った。きっと僕がここにいることに驚いたのだろう。瞳を大きく開いて僕の目を見つめた。彼女に見つめられた僕は、その場で固まってしまう。


 なぜなら、彼女の目に光がなく表情も虚ろだったからだ。

 そして何より、腕や頬にできた傷や打撲の跡が僕の胸を突き刺したからだ。



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