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14、嫌いだから

 どうしてここにいるの。

 どうして今ここに現れるの。

 見ないで、見ないで、見ないで。


 彼女の心が、そう叫んでいる。

 虚な目にが不安げに揺れて、僕の心を抉る。

 しかし、次に彼女の口から出た言葉は、僕を拒絶するようなものではなかった。


「水瀬君、どうしよう」


「え?」


「私、もう無理かもしれない」


 小さな子供みたいにふるふると頭を振る天羽さん。


「無理って、何が……?」


 彼女の言いたいことが、僕に分からなかったわけではない。むしろ、彼女の不安げな表情や体にできた傷と痣を見れば、彼女の身に何が起こったのか、想像するに難くはなかった。


 けれど、僕はどうしてもその事実を認めたくなくて。彼女の口から真実を聞き出すまで、僕の想像を“正解”にしてしまいたくなくて。

 答えは分かっているのに、知らないふりをして彼女に問いかける。


「天羽さん、どうしたの。今日文化祭に来なかったんだね。D組に行ったんだけど、きみがいなかったから心配したよ」


「ごめんね。ちょっと家で、色々あって……」


 俯きながら、彼女はそう答える。

 それでも僕は、まだ核心を突くのが嫌で遠まわしな発言を繰り返した。


「きみの絵は、青の世界がとても綺麗だったよ。赤は使わないんだね。変わってるけど、こだわりがあって良いと思ったんだ」


「……うん」


「やっぱりきみには僕にはない才能があって羨ましいよ。憧れでも僻みでもなく、心からそう思うんだ」


「……ありがとう。あのね、」


「これからも美術部で」


「水瀬君。私、もう家族とやっていけない」


 横道で話し続ける僕を遮って、彼女はそう言った。

 分かっている。今のきみを見れば、そんなのすぐに分かったんだ。


「気づけなくて、ごめん」


「え?」


「ここ最近ずっときみが疲れてたのも、本当は家のことが原因だったんだよね。それなのに僕は、てっきり文化祭の準備で疲れてるんだと思って、何も疑問に思わなかった。だけど今日、D組の教室を訪れてみて分かったんだ。実行委員という責任のある立場にいるきみが、簡単に仕事を投げ出して学校を休むわけがない。だからきっと、今日はどうしても学校に来られない理由があった」


「……」


「それが、家庭の事情だったってことは、今ここに来て初めて分かった。きみの家庭が上手くいっていないことは前に聞いていたのに、気づけなくてごめん」


「それは、仕方ないよ。水瀬君が謝ることじゃないから」


「いや、謝らなきゃいけないんだ。僕はきみの隣できみのことを見てるって約束したから。それともう一つ、気づけなかったことがある」


「もう一つ……?」


「ああ。きみは、クラスメイトともあまり上手くやれてないんだね」


「……」


 彼女は、知られたくないことを知られてしまったという感じで気まずそうにした。


「D組に行った時、不思議だったんだ。クラスメイトがそれぞれ展示したいものを持ち寄って開く『なんでも展示店』なのに、展示されているのはきみの作品ばかりだった。そこから、D組の人たちがクラスの企画に協力的じゃなかったことが分かった。だからきみも、この間僕にあんなことを聞いたんだ」


——水瀬君はさ、文化祭の準備中にクラスで揉め事が起きた時、どうしてた?


「A組は上手くいっていると僕から聞いて、きみは僕に自分のクラスの状況を改善する方法を聞き出したかったんだね。でも、上手くいかない原因は自分でも分かっていた。きっとD組の人たちは、D組の企画が『なんでも展示店』じゃなくても、喫茶店だろうがお化け屋敷だろうが、非協力的だったはずだ。なぜならD組の人は」


「私のことが嫌いだから、ね」


 彼女は哀しそうに僕の続きを紡いだ。

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